魔物素材が置かれている倉庫は、保存の薬液や素材そのものに臭いが混ざり合っていて、快適な環境とは言えない。
薄暗い倉庫の中で、グレイは勝手に魔物の素材を眺めて歩きながら口を開く。
「段々と王位継承争いらしくなってきたもんじゃ」
「……先生は先代の時代に渦中にいたんでしたか。当時もこんな調子でしたか?」
命を落としているのは王族ばかりではない。
貴族も、商人も、欲をかいた力の足りぬ者から消えていく。
優秀な者だったとしても、つく相手を間違えただけで歴史の闇に埋もれていくことになる。
新たな王が即位するころには、継承争いの間にできた空白に、若い力が台頭していく。前向きに考えれば、この新陳代謝と競争の激しさこそが、王国を腐らせずに強国として維持させてきた。
だが今、王国の権力は一極化しようとしている。
それも、王の手の下にではなく、一貴族とその取り巻きたちの下へだ。
だからこそ、グレイの知る王位継承争いの頃よりも早く候補者たちは排除された。
しばし平和な時期が続いたが、クルムが候補者として名乗りを上げ、急速に動き出したことで、力を蓄えてきた各勢力が本格的に動き出そうとしている。
「そうじゃな」
「当時の先生も、誰かを支援していたのですよね?」
今のグレイを見ていると、力で何でも解決できるように思えてしまう。
しかし当時のグレイは、友人を亡くし、暴れ、そして国から去ることになった。
歴史にも残らない、グレイの盛大な失敗の話である。
クルムはいつかその話を聞いてみようと思っていたが、今までそんな機会がほとんどなかった。互いの顔も見えず、時間を潰す必要がある今の時間こそ、そのいい機会であった。
グレイはしばし黙り込んでいたが、ゆっくりと口を開く。
「……儂はナックスを王にしたいわけではなかった。ナックスも王になりたいわけではなかった。だから本格的に王位継承争いに参加していたわけではない。それでも、周囲では毎日のように人が死んでいた。降りかかる火の粉には対処しておったつもりじゃが、気付けば辺り一面炎に包まれておった。儂も、ナックスも、バミも、人の欲望を甘く見ておった」
手に持っていた鱗をことりと元の場所に戻しながら、グレイは独り言のように呟く。
「まぁ、もしかするとナックスの奴は気づいていたのかもしれん。奴は頭は切れて勇気もあったが、必要以上に優しい男じゃった。そして他人に希望を持っていた。王には向いていなかった」
グレイの言葉に抑揚はなく、平坦で、全てが過去のことであることを強調しているようだった。それはつまりきっと、グレイが今もそのことを、過去の出来事として処理できていない証拠でもあった。
「そしてきっと奴は儂を買いかぶりすぎていたんじゃ。結局儂は全てが許せず、暴れ、国を去ることになった。儂はそのことを後悔していない。後悔しているとすれば、なぜもっと早くそうしなかったのか、ということくらいか」
グレイが嘘つきであることをクルムは知っている。
後悔をしていない者は、その当時のことを鮮明に覚えていたりしないし、わざわざ口に出して後悔していないなどとは言わない。
人を人でもないような振る舞いをすることもあるが、そこにはグレイなりの積み重ねによる理由がある。大胆かつ果断でありながら繊細という二面性を持つ、面倒くさい老人なのだ。
「……先生、私はちゃんと王になりますよ」
「儂が手伝っているのだから当たり前じゃろ」
そんなグレイを思ってのクルムの言葉に、即座に偉そうな答えが返ってくる。
顔は見えないが、薄暗闇の中で相手が笑っているのは、互いになんとなくわかった。
ぽつりぽつりと会話をしながら二時間ほど時間を潰した頃、グレイがクルムの横に戻ってきた。クルムは木箱の上に座り、ピタリと口を閉じて倉庫の入り口を見つめる。
やがて扉が開き、ホワイトがぬっと姿を現した。
後ろにはハップスが続く。
ホワイトは倉庫の管理人が扉を閉める前に、すぐに口を開いて話し始める。
「お呼びだろうか」
「はい、お呼び立てして申し訳ありません。大切なお話があります」
「……その前に一つ。そこのグレイ殿はきちんとバミ大臣の下へ顔を出したのだろうか?」
「はい、もちろん。私も一緒に行って参りました」
ホワイトは隠す素振りもなく盛大に首をかしげてみたが、よほどバミを信頼しているのか、それ以上何も言ってこなかった。
「……そうか、それで用件は何だろうか」
「ホワイト殿に、私の味方をしていただきたく」
「……どういうことだ」
「ハップスお兄様は、本日を持ちまして私に手を貸していただくことになりました。つきましては、ホワイト殿にもご協力をお願いしたく、こうして時間を割いていただいたということです」
ホワイトはクルムの言葉を聞くとすぐに隣に立っているハップスの方を見た。
ハップスはそれを受けて素直に「事実だ」と短く答える。
「どういうことだ。お前は今は亡き親友とその弟妹のためだけに生きると言った。覚悟を感じて、私は手を貸すことにした。お前が王になることは、私にとっても都合が良かったからだ。約束を違えるのか」
「いや、違えない」
「ならばなぜ、妹を矢面に立たせる」
「わからん」
「答えろ」
「わからん。だが、その方がクルムのためになるように思えた。レニスなら今の俺に何と言うだろうかと考えた。これまでも幾度となく同じようなことを考えてきたが、一度もすっきりとした答えが出たことはなかった。しかし今日の答えは明白だった。だからクルムに手を貸す。それだけだ」
「わからん」
「わからんか」
ハップスもホワイトも、互いの眉間にしわを寄せたまま、ただ黙って睨みあう。
どうやらハップスは、本当にホワイトに一切の事情を告げずに連れてきたようだ。
それだけホワイトとハップスの関係が近いということなのだろうけれど、あまりにも出たとこ勝負であることには違いなかった。