「腕が鈍ったのう」
三発目にして立ち上がれなくなったホワイトを見下ろしながらグレイは呟く。
どうしたって現役からすればパワーはやや不足している感が否めない。
魔法やテクニックなどを加味すれば、全盛期並みの力が発揮できるのだが、どうしても何もなしで素手だけ、となると衰えを感じるグレイである。
ハップスの肩を借りて辛うじて立ち上がったホワイトは、そのまま剣をとって木箱に腰を下ろした。剣を手に持った時は一瞬ヒヤリとしたクルムだったが、どうやら杖のようにして頼るために使うだけのようだ。
鞘ごと床に突き刺し、それにもたれるようにしながらホワイトはグレイを睨みつけている。
きっとまだグラグラと視界が揺れているのだろう。
意識を保っているのが驚異的である。
一方でグレイは最初に唇の端が切れて血が流れたくらいで、他の怪我はしていないようであった。勝敗は誰から見てもはっきりとしている。
「先生は、意味もない暴力は振るいません」
嘘はない。
ただし過剰であったり、意味はあっても法には則していない暴力を振るうことは日常的にあるだけだ。
「ホワイト殿が報告を受けている件は、主に私の部下を守る為であったり、昨晩の薬物兵が使っている薬の出所を探るためのものだと思います」
「そうだとしても……、権限はない。捜査は、私たちの仕事だ」
「儂が何をして何をしていないかはともかく、少なくともお主らは昨日に至るまで、街にはびこる薬物の取り締まりができていなかった。そんなお主らに何を頼る」
「それもまた、そうだ」
グレイに負けたと認めたからか、ホワイトは素直に言葉を受け入れる。
少し回復してきたのか、気にくわなさそうに顔をそむけてではあったけれど。
「グレイ殿のことはもういい。今ので大体わかった」
男の殴り合いによって、ホワイトはグレイの何かしらを理解したようだ。
クルムにはさっぱり理解できないけれど、ホワイトがもういいというのならば、それについてはもう触れるつもりもない。
「それよりも、王位継承争いの件だ」
「……信じていただけないようですが、私は本気で王になることを目指しています。ホワイト殿は、ハップスお兄様が本当に王に向いているとお思いですか?」
「向いていないからこそ、成せば全てを変えられる」
「何を変えたいのです」
「このふざけた国そのものをだ」
「私がやります」
「……王女殿下はまだまだ子供だ」
ホワイトは改めてじっとクルムの顔を見て、そう言い捨てた。
「本気です」
「何ができる、何をする、何のために王になる」
ホワイトはまだクルムの覚悟も成果も、何一つとして見ていない。
弱冠十三歳の少女が、甘い兄をたぶらかして、妙に強い爺を従えて夢を見ているようにしか見えない。
ここで言葉を重ねることはできる。
ただ、クルムはそれでこの頑固な男が納得するとは思えなかった。
「ではホワイト殿。一つお願いがあります」
「なんだろうか」
「もし私が王に足る人物であると思ったのならば、改めて力を貸してください。それまでは、見ていてくださるだけで結構です」
「…………良いだろう」
どうせこれまで応援してきたハップスはクルムに協力することになったのだ。
現時点でどこかの勢力に属するわけでもない。
騎士団は大抵いつもそういうものだった。
今回もいつもの王位継承争いのように、中立に戻るだけである。
「それから」
ホワイトが話が終わったかと腰を浮かしかけたところで、クルムは更に付け加える。
「できれば他の勢力には属さないでください」
「覚えておこう、では」
「あと」
話を終わらせようとしたところで、クルムはまだ話し続ける。
「ハップスお兄様が私側についたことは内密にお願いします」
「…………ああ」
なんかこいつ、もしかして面倒くさい奴か、と思い、ホワイトは一度腰を落ち着けてクルムを改めてじっと観察する。
思い返してみれば、先ほどの殴り合いを見てもさして動揺しているふうでもなかったし、巷から恐れられるホワイトを目の前にしても堂々と話し続けている。
眼中にない王族から、なんか妙な奴だなと、ここまできてようやく意識した瞬間だった。
「そしてこれは大事なことなのですが……」
「その話は、あといくつ続く」
クルムの作戦勝ちである。
今後付き合いを持っていくのであれば、なんであれまずは意識させなければならない。このままホワイトを帰しては、ただグレイと殴り合いをして敗れた、という印象だけを持ち帰られてしまう。
ホワイトが帰る前に、何でもいいからその情報を上書きする必要があった。
クルムはにっこりと笑った。
「安心してください、これで最後にしますので」
「なんだ」
「……ホワイト殿は、ジグ殿のことを信頼されていますか?」
「……どういうことだ」
「そのままの意味です、お答えいただきたく」
「私より騎士団に長くいる真面目な男だ。かつては父の部下であり、信頼できる男だと聞いている」
「つまり、ホワイト殿は信頼していないということですね?」
「そうは言っていない」
クルムはじっとホワイトの目を覗き込む。
「これまで薬の情報、ホワイト殿にきちんと上がってきていましたか? 昨日命を落とした騎士に何か心当たりはありませんか?」
「……味方にならないと踏んで、内部に亀裂を入れようとしているのか?」
「そう思われても仕方がないかもしれませんが、そんなつもりはありません。信じなくて結構ですが、よく調べてみてください」
「私は、そういった策略じみたものが嫌いだ」
「策略ではありません。ああ、この話はジグ殿には伏せておいていただけると助かります」
当然共有するわけでもないのに、わざわざ忠告するのは挑発みたいなものだ。
だけれど今はこれで良い。クルムの目的は果たせている。
「もう行く」
今度こそクルムは立ち上がるのを止めなかった。
しかし、ホワイトが扉に手をかけたところで「ホワイト殿」とわざと声をかけて笑う。
「…………なんだ」
「すぐにスペルティア様のところへ行って、お顔、治してもらってくださいね。随分と腫れていますので、隠していくことをお勧めいたします」
「……分かっている」
ホワイトはドアを強く閉めて、そのまま倉庫から去って行った。
静かになった倉庫で、ハップスが眉尻を下げながら口を開く。
「怒っていたぞ」
「はい、それでいいんです」
「そうなのか」
グレイはやるではないかと思い笑っていたが、ハップスにはクルムの作戦が今一つぴんと来ないようであった。