とりあえずのところハップスも自身の区域へと帰し、時間を空けてから、二人も自分たちの区域へと戻ることにした。
倉庫を出る時に、ものすごい音がしたが、倉庫内の物が壊れていないかどうかだけ、管理人に確認される。先に出ていったホワイトの顔を見ていただろうに、心配するのがそこだけである点、この管理人もおそらく変わった人物である。
心配無用と答えて外へ出て、相変わらず騎士たちのあまりいない訓練場を抜けていく。
クルムは廊下を歩きながら考える。
前向きに考えれば、このタイミングでホワイトと接触できたのは幸いだった。
ホワイトが王宮の外にいる時に接触を図るとなると、なかなかグレイとどつきあいをできるような場所の確保は難しかっただろう。
問題は昨晩仕掛けてきた勢力が、どこまでクルム陣営に打撃を与えようとしているかである。
昨晩の件はあくまで強めの脅しであり、ここで止まるのか。
それとも全面戦争に持ち込むつもりなのか。
どちらにせよ、楽観視しているわけにはいかない。
ただ今の時点で持っている情報としては、敵側がバッハ侯爵家も、ユゥバ子爵家も、根絶やしにするつもりはなかったということである。もしそのつもりならば、屋敷も襲撃してフルートだって殺されているはずだ。
自分が敵だったら、とクルムは考える。
もしそうなら、手の内がばれる前にできるだけ敵に打撃を与えたい。
つまり、徹底的にやっていたはずだ。
やらなかったのはなぜか。
グレイに恐れをなしたからなのか、バッハ侯爵やユゥバ子爵さえ何とかすれば、クルム勢力恐れるに足らずと思ったからか。
あるいは、そこまでやると他勢力からの監視の目が厳しくなるからか。
いくつかの想像をすることはできるが、どれも決定的な根拠にかける。
昨日の時点でフルートが殺されていないからこそ、今日も家に帰すことができているのだが、果たして、といった具合だ。
そこでふとクルムは一人の人物について、まだあまり考察していなかったことを思い出す。
「そういえば、シープ子爵もお亡くなりになっていたのでした……」
「誰じゃそいつ」
様々なことがありすぎて記憶の隅にやってしまっていたことをクルムはひそかに恥じていたが、横に大薄情者のグレイがいるお陰で、その罪悪感も少しだけ和らぐ。
和らいで良いものではないのだけれど。
「昨晩の襲撃で、もう一人亡くなっているんですよ。……お話ししたこともないのですが……、意味もなく殺したとは思えないんですよね」
「ふむ。確かにようわからんのう。そっちにも護衛はついておったんじゃろ?」
「詳しく聞き忘れました。あとで情報を集める必要がありそうです」
情報整理の真っ最中であるが、段々と王宮に人が見えるようになってクルムは黙り込む。以前のようににこにこへらへらとはしなくなったが、肩で風を切るような歩き方はしない。
人がくれば頭を下げ、丁寧に侮られながら廊下を進んでいく。
そうして区域にたどり着くと、クルムはまたしゃっきりとした引き締まった顔になって自分の部屋へと向かいながらグレイに問いかける。
「そういえば、ホワイト殿への印象は変わりましたか?」
「まだまだじゃが、口だけではないようじゃな」
グレイがそれだけ言えば上出来な方だ。
雰囲気も明らかに以前よりも柔らかくなっていた。
殴り合って何が分かるんだと思っていたが、何かしら通じ合うものは確かにあるらしく、クルムとすればそれならまあいいかという感じである。
「お主こそ、あれでよいのか?」
「いい、と思っています。おそらくホワイト殿は自由に動いてこそ力を発揮します。特大戦力でしたら、私にはもう先生がいます。ホワイト殿が近くにいても御しきるのは難しいですし、どんな未来を目指していてどう動かれるのかは、今回話しただけでもおおよそ想定ができるようになりました」
「ほう、大きく出たのう」
「はい。それに、多分ホワイト殿は、私たちと近い未来を見ているはずです。あのハップスお兄様を支援していたあたり、他勢力に与することはないでしょう。ホワイト殿には、ジグ殿の動きを抑えていただき、今回の件の裏で糸を引いていた勢力に正面から噛みついていただきます。私たちはその間にこっそりと、色々調べて回りましょう」
旧貴族派閥の信頼を取り戻すのは、今回手を出してきた敵に打ち勝ってからでも構わない。バッハ侯爵たちが命を賭して、相手方が動かざるを得ない状況を作り上げてくれたのだ。
出してきた尻尾を、そのまま無事に逃がすつもりはない。
ホワイトを噛みつかせて、姿を現したところを残らず喰らってやるつもりだ。
「よう考えつくもんじゃ」
「こうして策を巡らせられるのも、先生がいるお陰です。いなければ今頃この部屋で頭を抱えていますよ」
そういえばナックスやバミも、昔似たようなことを言っていたなと、グレイは不意に懐かしく思い出す。そういえば、なんだかんだと当時も、グレイの方が振り回される側に回ることも多かったように思う。
「……策士策に溺れる、とならんようにな」
クルムの言葉に昔を思い出してしまったことがなんだか悔しく、グレイは一応お小言を言ってみる。
頭でっかちになると、現場で何が起こっているかわからなくなる。
現場の感情が見えなくなると、人から恨まれ、思わぬところからしっぺ返しを食らったりもする。
まぁ、無難な助言であった。
「ええ、そのためにちゃんと外を歩き回って情報収集です。自由に動けるのは先生を連れて歩ける私だけですからね!」
何やら張り切っているようだが、別にこの部屋に籠って安楽椅子探偵をやっていてもいいのではないかとグレイは思う。
実際のところは、現場で素早く判断してグレイにうまくお願いや指示出しをできるのはクルムだけなので、安楽椅子探偵をやるには確かに駒が足りない。グレイ本人はそんなことには気づかないけれど。
「まずは……、外へ出て昨晩バッハ侯爵たちと話をしていた方々の慰問へ行きましょうか」
「忙しないのう」
「早く動けば動くほど、相手勢力を出し抜くことができます。服を選びますので、少しだけ待っていてください」
グレイがいるというのに、クルムが平気な顔をして地味な服を選び始める。
もちろんグレイは小娘の着替えなどにはこれっぽっちも興味がない。
どうせ女性の準備には時間がかかるからと、一人ティータイムの準備を始めるのであった。