クルムはできるだけ質素な、しかしみすぼらしくならない様な服を選んで外へ出かけた。当然グレイはいつも通りだ。
グレイがバミのところへ行かなければいけなくなったから、少しばかり遅くなってしまったが、元々はすぐに昨晩の貴族の家を訪ねるつもりでいた。
王宮から出たところで、クルムは表情を引き締め、早足で歩いていく。
昨晩これから頼りにしようとしていた仲間を失ったのだから、笑って挨拶をしながら歩くわけにはいかない。
こちらにつくことを表明してくれた貴族家には、頼りになる神輿としての姿を見せていきたいところだ。
そんなわけで、時間を掛けてじっくりと貴族家を回ってみたのだが、結果はあまり芳しいものではなかった。
体調が悪いと面会を拒否した当主が二人。
これはもう、怯えてしまって話にならないだろう。
おそらくバッハ侯爵あたりの力を信頼して仲間になったのに、こうなってしまっては静かに身を潜めるしかないと判断したに違いない。
顔を合わせて、これからの状況を憂いた当主が五人。
クルムは彼らに対しては、必ず犯人を突き止め、罪を償わせることを力強く伝えるとともに、それまでは無理に自分の味方をせず大人しくしているようにお願いした。
亡くなった三人のうちの誰かと親しく、義憤に駆られている当主が四人。
こちらにも先と同じ対応をすると、クルムに対して不信感を抱いたように見えた者が二人。何かあればいつでも協力させてくれ、と申し入れてきた者が二人と、反応は真っ二つに分かれた。
それからすべての当主にして共通して尋ねたことが一つ。
それはシープ子爵とはどんな人物であったかということだ。
シープ子爵は、あまり目立つ行動をするような人物ではなかったそうだ。
ユゥバ子爵と共に、真面目に王宮での仕事に取り組んでいたタイプで、共にクルム派閥についたのは、仲の良いユゥバ子爵に声をかけられたから。人から恨まれるようなこともなければ、なぜ狙われたのかもわからないとのことだった。
だからこそ、自分がそうなっていた可能性を感じて、余計に怯えた者もいたのかもしれない。
それを狙って適当に殺したのだとすれば、効果はそれなりに出ている。
果たして本当にそうなのか。
クルムが難しい顔をしながら歩いていると、グレイが外では珍しく先に口を開いた。
「しかし、思ったよりもやる気のある者も混ざっていたのう」
元気のないように見えるクルムに、適当に前向きな言葉を発しただけだ。
実際グレイは、貴族なんて自分の命が一番大事なんだろうと思っているから、想定していたよりもたくさん顔を合わせて話せたものだと考えている。
最近少しばかり貴族に関する考えが変わってきたのは、先日のバッハ侯爵の件があってからだ。あれは珍しいことに、自分が育てた暗殺者たちと共に心中するだけの覚悟があった。
変わり者だった。
死ぬには少し惜しかったような気がしているグレイである。
「その、やる気があるのが問題なんです」
昨晩の件があったせいか、人通りの少ない道を歩きながらクルムは答える。
「どういう事じゃ」
「私は、今回の派閥移動で潜り込んできた敵の間者が一人だとは思っていません。シープ子爵は、申し訳ないですが八割がた今回の黒幕からの間者であり、消されたのだと考えています。そして、協力を申し入れてきた者たちの言葉が、私には『お前の内情をもっと教えろ』と言っているように聞こえました」
「うむ、良い具合に人間不信じゃなぁ。しかしまぁ、ありえるか」
味方のような顔をして近づいてくるのは、卑怯者の常套手段だ。
グレイもそれに騙されたことがあり、だからこそほとんど仲間を作らずに生きてきたという側面がある。
「情報を与えるつもりはありません。彼らにはただ、私を支持しているだけで結果が得られる、という立場を与えるつもりです。協力するとしても、モーリス殿と……、最悪フルート殿まででしょうか」
「それがいいじゃろうな。あれらの家が主導で動き、親まで殺されている。今後怪しい接触がなければある程度信用しても良いじゃろう」
そんな話をしながら貴族街を歩き、たどり着いたのはユゥバ子爵邸だ。
ここの家令には昨日も会っている。
速やかにフルートの元まで通してもらい、その場で話も一緒に聞いてもらうことにした。
「無事に家まで戻れたようで良かったです」
「はい……、騎士の方々が送ってくださいましたから」
フルートはすっかり大人しくなって俯いてしまっている。
改めて色々と動いているうちに、父の死を実感して気持ちが落ち込んでいるのだろう。何かを頼むことは難しいだろうし、現状のフルートに何かできることがあるとは思えない。
クルムは静かに、たんたんと、他の貴族家でも語ってきたことをフルートに伝えた。
きっと仇は取ること。
そして、今は家のことに集中するように、と。
「な、何か手伝えることは……ありません、よね……」
父が亡くなってようやくその大切さに気が付いたのか、フルートは悔しげに声を上げたが、それはだんだんと尻すぼみに、やがて消え入るほど小さな声になってしまった。
無力な自分を知って恥じているのだろう。
クルムはゆっくりと首を横に振った。
「……今回の件のきっかけを作ったのは私です。ユゥバ子爵はできる限りのことをしてくださいました。私は、ユゥバ子爵家の献身を忘れません」
「父は……、真面目で私は、遊んでばかりで……」
「フルート殿。今はしっかりと気持ちを立て直し、家を維持するようにしてください。いつか必要になった時、きっとあなたのことを頼りますので」
「……はい」
話が終わり出ていく際、家令に深く頭を下げられる。
「クルム様……、優しいお言葉、本当にありがとうございます……」
「……いつかあなたが必要だと思ったときに、フルート殿には、私が期待をしている、とお伝えください。今は言葉しか残せませんが、ユゥバ子爵の献身の分は、必ずお返しします」
ユゥバ子爵邸を出て、今日の締めくくりにバッハ侯爵邸へと向かう。
同じようなことをもう一度繰り返すのか、と思うとグレイとしてはあまり気は進まない。しかし護衛であるから仕方がないかと、グレイは早足で歩いていくクルムの後に続くのであった。