転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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24話 問答

 クルムがやる気のない兵士二人の間を通り抜けて自室へ戻ると、ウェスカはすぐにまた出かけて行ってしまった。ハップスとのやり取りに関して何か言いたげであったけれど、結局口にはしなかった。

 シンと静まり返ってしまった部屋で、クルムはかぱりと茶葉が入っている陶器の蓋を開ける。湯に入れたわけでもないのに、ふわりと香りが漂い、すっと鼻のてっぺんから頭に抜けていく。

 それだけで、抱えていた不満が少しだけ解消されたような気がした。

 『心の乱れによく効く』とグレイが言うだけはある。

 

 実はこのお茶、あまり世間には流通していないのだ。

 味は少しばかり苦いし、特徴的な香りは苦手なものもいるだろう。

 売れ筋の商品ばかり置いているはずの大きな(たな)の端に、ぽつんとあるのを見つけた時は驚いたとウェスカが語っていた。見つけるのには相当苦労したらしい。

 もしかしたらグレイもその店で茶葉を買っていたのだろうか、などと思いながら、蓋をそっと閉じる。

 

 食事まで少しだけ時間がある。

 そろそろ片付けも終わった頃だろうと、クルムは部屋を出てグレイの部屋をノックする。

 

「クルムです」

「開いておるよ」

 

 普通はこんな時、扉を開けてくれるものなのだが、グレイにそういった行動を期待する方が馬鹿だ。

 クルムが自分で扉を開けて中へ入ると、グレイは運ばれてきた大きなテーブルを乾いた布で磨いているところだった。部屋の中は予想通りおおかた片づけ終わっており、タイミングは悪くなかったようである。

 

「お暇でしたら少しお話をと思いまして」

「お暇ではないのう」

 

 きゅっきゅとテーブルを磨いているグレイがいけしゃあしゃあと答える。

 削られてぼこぼこになっている部分もあるのに、グレイはやけに丁寧にテーブルをきれいに磨き続けていた。

 よほどお気に入りのようだ。

 

「お耳は暇そうですが」

「お耳とお口は暇じゃ」

 

 クルムに合わせて丁寧な言葉を使ったのだろう。

 半分以上からかいを含んだ返しだった。

 そんな挑発にいちいち乗っていてはグレイと平和に会話を交わすことは難しい。

 クルムはここ数日のうちにそれを完全に理解していた。

 ウェスカの前ではクルム以上の大猫をかぶっているこの老人は、クルムに対しては本当に遠慮がない。

 

「じゃあ暇じゃないですか」

「そうとも言う」

 

 でも、グレイがそんな関係を楽しんでいるらしいことにクルムは気づいていた。

 そしてクルムもまた、立場を捨てて好き勝手に会話できるこの関係を、随分と気楽に感じているのであった。

 

「ハップスお兄様に、先生には気をつけろと忠告されました」

「なんじゃあの小僧、約束の一つも守れんのか」

 

 クルムの考えたことと同じ言葉が返ってくる。

 勝手に椅子に腰かけたクルムは、表情を和らげながらさらに続ける。

 

「親兄弟を殺すような奴を信じるなと」

「そうじゃな。当然、鏡に向かって言っとけと言い返したんじゃろうな?」

「ええ、それらしいことは」

「よくやった、流石儂の弟子じゃ」

「私は先生の弟子ですか?」

 

 雑な扱いばかりされているので、そんなに近く思われているとは意外だった。

 クルムが片方の眉を上げて問いかけると、グレイは相変わらず見向きもせずに対応する。

 

「そうじゃなきゃなんじゃ。保護者か?」

「家族のような顔をするのはやめてください」

 

 本当は少しだけ胸が温かくなったけれど、わざわざ突っ張ってみせる。

 顔を赤くして怒り出すだろうかと思っていたが、グレイは今テーブルを磨くのに夢中で、半分くらいは適当に対応している節がある。

 

「じゃあ大人しく弟子としておけばよかろうに」

「そういうことにしておきます」

 

 くすぐったい。

 家族がいなくなった。

 ウェスカには良い姿を見せなければならない。

 どうしてこうなったのかわからないが、グレイとの関係はとにかく気楽であった。

 うまく相手のペースに乗せられているような気もするけれど、グレイが年寄りであるせいか、それも仕方がないと諦めがつくのだ。

 前にも考えた通り、少なくともグレイは自分のことを害する気配がない。

 あるとするならば、ここに至るまでにとっくに命を落としているのだから。

 

「弟子よりテーブルを磨く方が大事ですか」

「弟子は勝手に育つが、テーブルはちゃんと手入れしてやらんと悪くなるじゃろ」

「弟子もちゃんと見てやらなければ悪くなるかもしれませんよ」

「そうなれば叩いて直すわい」

「物より扱いが雑ですね」

「物より手間がかかるのだから仕方なかろう」

 

 ポンポンと交わされる会話の中、クルムはプラプラと足を揺らしている自分に気が付いた。グレイのサイズに合わせて用意した椅子は、クルムにとっては少しばかり背が高い。

 宙ぶらりんな足を意識すると、自分が随分と小さな子供になったような気がした。

 

「先生」

「なんじゃ」

「先生はなんで父や兄を殺したんですか」

「むかついたからじゃ」

「ちゃんと答えてほしいんですが」

「ちゃんと答えておる。人を殺す理由なんて限られておる。欲深いか、やらねば死ぬか、むかついたからか、忠義に厚いか、それくらいじゃろ。ま、時折頭のおかしなやつもおるがな」

「最後のはずるいです」

「ずるくない」

 

 万能な理由すぎて理由になっていないと抗議してみるが、あっさりと却下されてしまった。それについて論戦を交わしてもいいが、クルムには他に聞きたいことがまだある。

 

「何でむかついたんですか」

「色々じゃ」

「誤魔化さないでください」

「誤魔化しとらん。語ると長くなるんじゃ」

「では聞きます」

 

 しつこいクルムに、グレイはようやくテーブルを拭くのをやめて体を起こした。

 そうして「よっこらしょ」と言って、ロッキングチェアに腰掛けて腹の上で指を組む。

 

「大事なことは、誰かを殺したということだけじゃ。理由なんぞ後からいくらでもつけられる。もしやお主、小僧に言われた言葉を気にして、復讐の気持ちが揺らいだのでは? 甘いのう、若いのう」

「違います!」

「本当かのう?」

「馬鹿にしないでください」

 

 ぎこぎことロッキングチェアが軋んで揺れる。

 睨みつけたグレイの表情は思ったよりもずっと真剣で、目が合うとふっと微笑んで顔に皺が増えた。

 

「若いというのは迷うことじゃ。若いというのは変われるということじゃ。それもまぁ、そう悪いことではない。時折落ち着いて内省することがあっても良い。目的に夢中になって、眼が曇っていないか考えることも大事じゃよ。お主の敵は本当に敵か。味方は本当に味方か。信じることも疑うことも同じく大切じゃ」

「……急にそれらしいことをいいますね」

「そう思うのならば、きっとお主に思い当たる節があるのじゃろうなぁ」

 

 いじわるく笑うグレイに、クルムは言葉を返せず、ただむすっと頬を膨らますことしかできなかった。

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