転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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スカベラの執着

 屋根の上では、スカベラが迫る魔法の核を斬り捨てるべく、剣を振るったところだった。しかし魔法が切断されたかに思われた瞬間、グレイが炎を放って以来握っていた両手をぐわっと広げる。

 とたん、二つの火の玉がそれぞれ半分に分裂。

 二つがスカベラの体に迫り、残りの二つが後方に隠れている【人形遣い】の下へ向かう。

 さく裂した炎は即座に柱となってスカベラを燃やし尽くそうとしたが、全力の身体強化を終えていたスカベラは、ひざ下からの脱力と合わせて急激に加速。

 肌を焦がした程度で回避に成功する。

 

 【人形遣い】に向けて放たれたはずであった炎もまた、柱となって立ち上がったが、それが消えたところに【人形遣い】の亡骸は存在しなかった。それどころか、グレイが屋根の上を素早く見回しても、その姿はどこにも見当たらない。

 グレイが【人形遣い】の行く手を探るために、一瞬目を離した瞬間、スカベラはグレイに向けて駆け出していた。

 俊足。

 以前までのスカベラとは比べ物にならないほどの速さだった。

 そもそも先ほどの炎の柱から逃げおおせたのすら、既にグレイの計算外である。

 

 訓練を積んだ、というだけでは済ませられない成長。

 グレイはこれによくよく見おぼえがある。

 スカベラ本人が自分自身にかけている強化の他に、外部からもかなり強力なバフを受けている。

 それも、今日この瞬間に即席で受けたものでなく、その速度や力に十分に慣れるべく、訓練を積んである動きだ。強化された自身の動きに振り回されておらず、制御下に置いている。

 

 本来身体の強化と言うのは、自身の本来の力から離れれば離れるほど制御が難しくなるのだ。だからこそグレイは、素の状態の自分自身を極限まで鍛えて、強化をした時との感覚の差異をできる限り小さくしている。

 スカベラの今の状態は、本来の数倍の力を生み出しており、肉体の限界を優に超えているようにも見えた。

 

 流石のグレイも、いつまでも見えなくなった【人形遣い】のことを気にしてばかりはいられない。本当ならばスカベラに強化を施しているであろう【人形遣い】から処理するのが常套手段なのだが、見つからないのは困ったものである。

 

 次の行動に移る暇もなく、スカベラが接近。

 下げていた剣先を斜め上に斬り上げてくる動きを見せた。

 グレイが下がって攻撃を回避すれば、攻撃の軌道が即座に突きに変動する。

 普通であればありえない動きを、身体の強化とバフにより無理やり可能にしているのだ。

 

 グレイがそれを右手の掌底打ちではじく動きに出たところ、今度はそれを回避するように剣先が軽く跳ね上がり、手首の力で頸動脈を狙って小さく振り下ろす攻撃に変化。

 スカベラの剣がグレイの首筋に迫る。

 だが、掌底打ちを放った右手が、今度は戻りがてらスカベラの剣を弾いた。

 グレイの眼前を通り過ぎた剣は、スカベラの舌打ちと共に振り上げられ次の攻撃へ。

 

「死ね、死ね、糞爺!」

 

 スカベラは呪いの様に言葉を吐き出す。

 もはや恨みでもない、怒りでもない、それは執着に似たものだった。

 こいつを殺さなければ始まらない、こいつを殺さなければ終われない。

 ただし殺せるならば死んでも良かった。

 これまであしらわれてばかりであったのに、攻撃が通用していることに対しての高揚感があった。

 

 痛みを感じぬための薬を使い、【人形遣い】による限界を超えたバフを受けてなお実力が拮抗していると考えると、少しばかり腹立たしい。だが、それに適応してこうしてグレイを追い詰めているのは自分の力であるという自負がある。

 

 グレイが体を使って魔法を放つ姿は何度も見ている。

 そんな隙を与えるつもりはなかった。

 体が悲鳴を上げようと、肺の中身が全て絞り出されようと、スカベラは止まる気などさらさらなかった。

 血走った眼で剣を振り続けるスカベラは、薬物兵とはまた違った常軌の逸し方をしていた。

 

 そんな中、グレイがぼそぼそと口の中で何かを呟き続けながら、周囲の様子を窺っていることに気が付いたスカベラは、思わず怒りで声を張り上げる。

 

「よそ見してんじゃねぇよ!」

 

 油断、隙。

 今ならば確実にグレイの心臓を貫くことができる。

 防御は間に合わない。

 

弧空死(こがらし)

 

 怒りながらもスカベラは冷静に、そして違うことなくグレイの心臓に向けて突きを放った。スカベラの渾身の一撃は、見事にグレイの胸に吸い込まれていき……、ローブに阻まれてピタリと動きが止まった。

 

「あ?」

 

 剣がローブの手前で止まったことにスカベラは疑問を覚え、気の抜けた声を上げた。

 体を貫通するに十分な力を入れていたはずだった。

 ここにきてまた何か妙な魔法かと考えたところで、グレイが傾いていく。

 何が起こったのか理解できずにいると、突然手の力が入らなくなる。

 

「ちっ、術師に逃げられたか」

 

 スカベラは、グレイの声を聴き、忌々しげに歪んだ顔を見て、グレイが傾いたのではなく、自分が倒れていたことに気付く。

 体中から力が抜けていく。

 そしてそこでようやく、すぐ横に自分の下半身が立っているのを見つけた。

 腰から上がない。

 体が真っ二つに分断されていたのだ。

 

「く、そ、じじ、い……!」

 

 グレイは【人形遣い】を探しているようだ。

 スカベラは、戦った自分のことを歯牙にもかけていないグレイのことが許せなかった。俺は強いだろうが、俺は強かっただろうが、こっちを見ろ、とスカベラは怒る。

 だがグレイは、ちらりとスカベラのことを一瞥すると、もう一度だけ舌打ちをして、もうここには用はないとばかりに屋根の上から飛び降りて姿を消してしまった。

 

「くそが……俺を……」

 

 負けたのに見逃されたことが許せなかった。

 見逃したことを必ず後悔させてやるつもりでいた。

 グレイを殺すためだけに、残りの命をすべて燃やしたスカベラは、『俺を見ろ』と最後まで呟きながら、誰にも看取られることなくその場で息を引き取った。

 

 スカベラの死体は誰にも回収されず、鳥につつかれ、骨となって転がり落ちるまで、その場にとどまり続けた。

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