転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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複雑な力関係

 ジグは騎士団をやめることはないと何度も根気強く説明を続けつつ、それはそれとして、ルミネ王女の護衛は続けていた。

 騎士団長がヘグニ王子派閥に手を貸し始めたのはその頃のことだった。

 当然、副団長となっていたトルメンは反対。

 騎士団はあくまで中立であるべき、というのが、代々騎士団長を務めてきたラバラン家伯爵の意見であった。

 当時の騎士団長の家柄は元々子爵家。

 家柄的にはラバラン家には及ばないからこそ、余計にトルメンの意見を尊重せざるを得ず、トルメンのことを疎ましく思う。

 

 そんな権力の綱引きをしている間に、ジグがルミネ王女の護衛として呼ばれることも少なくなってきた。十代半ばにして、ルミネ王女が王位継承争いへの参加を表明したのだ。

 教えに従って生きていきたいと考えていたルミネ王女が、自ら争いに身を投じたことは、ジグにとっても驚きだった。とはいえ、身分の違いもあるから、呼び出されない限り、ジグの方から事の真偽を確かめに行くことはできない。

 

 ジグは騎士団の中で、トルメンの意見を尊重し、騎士団が中立であり続けられるように努めることにしていた。

 

 各地で治癒の力を振るい、施しに積極的に参加するルミネ王女の人気は高かった。

 だがその過程では、どこの誰とも知れぬ者と触れ合うことも多く、命を狙われることも少なくなかったようだ。

 

 相変わらず週に一度は祈りを捧げに行っていたジグは、ルミネ王女のそんな噂を聞いて、一人はらはらとしていた。せめて自分を護衛に付けてくれればと思っていたが、ルミネ王女は頑なにジグを呼ばず、教会がつけた護衛と共に活動を続けているようだった。

 

 ある休日の朝。

 いつものようにジグが教会に祈りを捧げて帰ろうとしたところ、ローブ姿で顔を隠した女性から手招きをされた。その背格好はこれまで何度も護衛してきたルミネ王女に酷似しており、ローブも彼女が好んで使っていたものだった。

 教会内には他に誰もおらず、ジグはその招きに従って歩み寄り、何事かと尋ねた。

 

 何も言わずに教会の裏口から外へ出たルミネ王女は、その小さな庭でようやくローブを外してジグと向き合った。

 彼女は一通りの挨拶を終えた後、ジグへ頼みごとをする。

 騎士団の情報を自分の派閥に流すことや、いずれ騎士団長となり、派閥に協力をしてほしいと。懇切丁寧に、いかにもルミネ王女の意志であるかのように、その怪しい誘いを仕掛けてきた。

 

 ゆっくりと、しかし確実にルミネ王女との信頼を育んできたつもりだったジグは愕然とした。こんな人が王だったらいいのに、と思うと同時に、この人を王にしてはいけない、とずっと考えていたからだ。

 こんな優しい人は王であるべきではない、と。

 そして、本人もそれを望んでいたはずだった。

 

 だとすれば、目の前にいるルミネ王女本人の口から語られる言葉の意味が分からない。

 心変わりしたのだと言われればそれまでだが、そうだとしても、こんなやり方はしないはずだ。しないで欲しかった。

 

 ジグが答えられずに固まっていると、ルミネ王女は決定的にルミネ王女らしくないことを口にした。

 ジグが騎士団長となり、ルミネ王女が王となったあかつきには、ジグを王配にしたい、と言い出したのだ。

 ジグはその時点で三十代半ば。

 年は二十も離れている。

 

 仕事熱心で家族は持っていなかったが、ジグはルミネ王女の様に心清らかな娘がいたら幸せだろうと夢想したことはあった。だが、ただ一度たりとも、ルミネ王女を女性として見たことはなかった。

 ルミネ王女もまた、そうであったはずだ。

 こんな、自分の身を売ってジグを味方につけようなんてやり方は、絶対にルミネ王女のやり方ではなかった。

 

「あなた……誰です……?」

 

 中庭を取り囲むように、農具や包丁を持った民間人がふらふらと迫ってきている。

 咄嗟にルミネ王女を背に守り、武器を抜くジグ。

 その瞬間、ジグの胸をナイフが貫いた。

 ルミネ王女が、背中からナイフを突き立てたのだ。

 

「なぜ……」

 

 血と共に吐き出された言葉。

 振り返れば、ルミネ王女が無表情で涙を流していた。

 そしてゆらりゆらりと近寄ってきた民間人が、次々とジグの体に刃物を突き立てていく。

 体から命が漏れ出していく中ジグの心に残っていたのは、ルミネ王女が流していた涙のことばかりであった。

 

 

 ジグが目を覚ましたのは、同じ場所だった。

 自分で胸を貫いたはずなのに、ルミネ王女が必死な顔をしてジグに治癒魔法をかけていたのだ。

 全身くまなく突き刺されたジグの体を治すのには、相当な魔力が必要であったはずだ。

 それこそ、ルミネ王女であれば、自らの命を削る程に……。

 

「おやめください!」

 

 それに気が付いた瞬間、ジグはかざされているルミネ王女の手を掴んで跳ね起きた。全身に一切の痛みを感じないことから、既にルミネ王女は相当な魔力を消費した後であったと分かった。

 ルミネ王女が、残念そうに笑う。

 それが、ジグが最後に見たルミネ王女の笑顔になった。

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