転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ジグの誓い

「ルミネ王女殿下! これはいったい……」

 

 ジグが立ち上がって尋ねると、ルミネ王女の表情は、先ほどと同じような嘘くさいものに変わった。

 

「危なかった。ルミネ王女は余程お主のことを大切にしているようだな」

 

 別の者の声が、彼女の口を借りて紡がれる。

 

「何者だ」

「さて、何者かはともかく、お主が先ほどの条件を飲まぬのならば、お主にはここで死んでもらうことになる」

「騎士団を裏切れというのか」

 

 状況を理解する必要があった。

 何とかしてルミネ王女を正気に戻し、助け出さなければならない。

 相手が、敵が誰なのかすらわからないのだ。

 

「裏切れとは言っていない。いずれ、しかるべき時に、ルミネ王女の派閥に協力をせよと言っているだけだ」

「それを裏切るというのだ」

「なぜだ? いずれは誰かが王になる。それに手を貸せと言っているだけだろうに。お前にとってルミネ王女は手を貸すほどの存在ではなかったということか。ルミネ王女も哀れなことよの……。たった一度自分の意思を取り戻せたかもしれない瞬間を、お主の命を救うために使ったというのに。もう二度と手綱は緩めまいて」

「ルミネ王女殿下は……、今ご自分が何をなさっているか分かっていらっしゃるのか?」

「夢うつつだろうがな」

 

 その言葉を聞いてジグは愕然とする。

 もしかすると、ルミネ王女一人であれば、どこかの適切な機会で自分の意思を取り戻し、洗脳状態から抜け出せた可能性があったのだ。

 その機会を、ジグの命を助けるために放り出してしまった。

 あまつさえ、利用されることを良しとせず、魔力を使い切って自死を望んでいたルミネ王女の行動を、ジグが手を掴んだことで邪魔をしたのだ。

 

 全てを理解した瞬間、ジグは騎士であることを捨て、ルミネ王女を救うためだけの人間になることを決意した。

 彼女が全てを投げ打ってでも自分を助けようとしたのだから、それに報いねばならない。そうでないと自分を許すことができぬ。どんな悪党になろうとも、どんなに卑怯者と罵られることになろうとも、こんなに優しい人が、このまま卑劣な輩に利用され続けることが許せなかった。

 

 しかしうかつだったと、ジグは後悔する。

 騎士をしている以上、もっと広く細かくアンテナを張っていれば、手に入る情報もあったはずだ。

 ルミネ王女が心配ならば、漠然と考えてなんていないで、すぐに行動を起こせばよかったのだ。

 ジグは、王位継承争いを甘く見ていた自分のこれまでの在りようを呪う。

 そして何としてでもここから巻き返して見せると誓う。

 

「もしお主がルミネ王女を見捨てて帰るのならば、それも一つの手であろう。しかし、万が一お主がそのままことを解決しようと乗り出したのならば、ルミネ王女が大切にしていた者たちが多数命を落とすだろう。夢うつつのままそれを見届けたルミネ王女には、その全ての汚名を被って死んでもらうことになる」

「……そちらとて、ルミネ王女殿下が必要だから操っているのだろう」

「おお、その通りだ、怖い怖い。流石に鋭いなぁ」

 

 ルミネ王女の顔がジグを馬鹿にするように歪んだ。

 

「では見捨てよ。まず無事に帰れるか試してみるがよい。さぁて、全てが終わるまでに、お主の身内を何人殺せるかな」

「卑劣な……」

「協力をすればいいのだ。お主が大人しく協力している限り、ルミネ王女は生きる。大切なものは死なぬ。お主が王配となり、過去の罪の全てをこちらが握っている状態となれば、条件付きでルミネ王女を解放してやっても良い」

 

 ジグは考える。

 相手を油断させるにはどうすればいいのか。

 探りを入れるためにも、一度は相手の懐に潜り込まねばならない。

 

 ジグは感情を押し殺し、ルミネ王女をじっと見つめながら答える。

 

「今からする話を、ルミネ王女に聞かせないようにできぬか」

「……おおう、できるとも、しばし待て」

 

 ルミネ王女の顔がニヤついた。

 そしてほんのわずかな時間をおいて、「話せ」と言われる。

 

「ルミネ王女殿下の王配になれるというのは本当か?」

「おお、本当だとも。その時にはお主の活躍をさんざんルミネ王女の頭に刷り込んでから解放してやってもいい。心だってお主の思いのままだ!」

「……偽りないな?」

「多少の制限はあれど、王国はお主の思いのままになるぞ。騎士をやっているくらいでは手に入らぬような地位も名誉も手に入る!」

 

 浮かれた調子でルミネ王女の口数が多くなる。

 ジグは心の中で拳を握りながら、真面目腐った顔で答えた。

 

「…………わかった、手を貸そう」

「やはりお主、ルミネ王女に懸想しておったか。男が女に優しくするなど、やはりそんなものよなぁ。莫大な権力、美しい異性、人々からの称賛。騎士だ聖者だと言っても、人など一皮むけば欲望まみれということよ」

 

 ルミネ王女の顔が、またジグを馬鹿にするように歪む。

 その言葉は、人が醜悪であることを、ジグが高潔でないことを満足しているようでもあった。

 

 それ以来ジグは、ルミネ王女の王配の地位を狙う野心のある男、という演技をしながら、内通者であり続けてきた。

 こっそりと情報を集めつつ、長く長く耐えてきた。

 騎士団内でも着実に実績を重ね、信頼を得るよう努力してきた。

 

 そんな中、騎士団に入ってきた限りなく自由な男ホワイトは、ジグにとって希望であった。

 上手く誘導して動いてもらえれば、特大の武器になり得る。

 そのコントロールが非常に難しいのが難点ではあったけれど。

 

 ただ、まだ足りない。

 もう一つ二つ、確実にうまくやるための保険が欲しい。

 そう考えながら探りを続けてきた結果、ようやく最近見つけた存在。

 それが、クルムの教育係のグレイであった。

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