転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ジグの賭け

 ジグはルミネの護衛の場で、グレイと接触したことで、ホワイトとクルム陣営に接触があったことを確信する。

 ホワイトが本気で活動をはじめれば、教皇のところにたどり着くまで精々数日程度しかかからないだろう。

 

 ジグはあえてグレイにホワイトの動向を共有することによって、クルムが積極的に動いてくれることを期待した。それでもクルムの判断が間に合うかは微妙なところだが、やらないよりはずっといい。

 もしホワイトが一人でやって来た場合、ジグは、ホワイトとルミネの命を天秤にかける必要が出て来る。

 教皇と【人形遣い】は、できる限り同時に殺さなければならない。

 そうすればなんとかルミネの命を守りつつ、解呪の方法を探すことができる。

 ホワイトでもクルムでも、事情さえ伝えられれば、ルミネの命は守ってくれるだろう。そうなれば自分の役割は終わりだ。

 あとはどうなったってかまわない。

 

 失敗した場合のこともこまごまと考えながら、ジグは部下たちから上がってくる情報を整理する。

 どうやらホワイトの進捗は極めて順調なようだ。

 かなり核心に近いところまで迫ってきている。

 勝負は今晩か、あるいは明け方か。

 ホワイトの性質的に、明日の朝までは我慢しないだろう。

 

 クルムが応じて動き出すには早すぎる。

 本当に強く、優秀で、自由人で、困った男である。

 

 夜更けに王宮を抜け出したジグは、教皇のいる大聖堂へと向かった。

 日中のうちにあらかじめホワイトの来襲の可能性は示唆している。

 ホワイトのことも、グレイのことも、教皇たちにはあらかじめ情報を伝えている。

 長い時間を掛けてできるだけ二人が有利になるように、過小評価されるように。

 

 しかしどうも【人形遣い】は慎重だった。

 グレイについての情報をたびたびジグに尋ねるし、決してジグの前には姿を現さない。そのことから、ジグは二つの情報を得る。

 すなわち、どうやら【人形遣い】には多少疑われているらしいことと、【人形遣い】がグレイのことを知っているようであることだ。

 

 ホワイトの来襲を待つための現場には、教皇、ルミネ、子供たち、そしてもう一人見知った顔がいた。

 その男はジグを見ると馬鹿にしたように唇をゆがめる。

 スカベラだった。

 

「あの堅物の副団長が、まさか裏切り者とはな。糞婆が面白いものが見られるって言ってたのはこのことかよ」

 

 ジグはそれを無視して淡々と状況の報告をする。

 ルミネを通してなのか、あるいは魔法を使ってなのか、どこかで【人形遣い】も話を聞いているはずだ。

 

「おい、何とか言えよ」

 

 剣を抜いたスカベラが、切っ先をジグの喉に突き付ける。

 それでもジグは動じなかった。

 

「……気にくわねぇなあ」

「邪魔をするな、スカベラ」

「うるせぇよ婆」

「グレイを殺すのに協力してやらんぞ」

「…………ちっ」

 

 スカベラが剣を引くと、教皇が肩をすくめる。

 

「やれやれ、野蛮なことだ。それで、ジグは私の護衛でもしてくれるのか?」

「そのつもりです」

「なるほどなぁ……、しかし今日は顔色が悪いな。やはりホワイト殿と刃を交えるのは気が進まぬか?」

「いえ、単純に部屋が薄暗くてそう見えるだけでしょう」

「それなら良いのだが……、さて」

 

 教皇はにやにやと笑いながら、テーブルの上に乗っていた水差しをジグの方へと押しやった。

 

「なんです、それは」

「ルミネ王女が飲んでいるのと同じ薬だ。何、少しばかりぼんやりとするだけだ」

「……随分と長く一緒にやってきたつもりですが、信頼がないようですね」

「いやいや、念には念を入れて、だ。今後自由に動けないと困るから、この件を無事に乗り越えられれば、傀儡にしたりはしない。今夜に限り、だ。それとも飲めないか?」

「……飲みましょう」

「さすが、ルミネ王女の騎士。素晴らしい心意気だ」

 

 薄っぺらい称賛を聞き流しながら、ジグは水差しに直接口をつけて、中身を飲み干す。ぐらりと体が揺らぎ、意識がぼんやりとする。

 それでも、ジグは自我を失っていなかった。

 こういうこともあろうかと、本来は空っぽの腹の中に入れるべきではない気付け薬を山ほど飲み込んできた。

 気付け薬というのは劇薬だ。

 それを大量に服用するなど、寿命を縮める行為に他ならない。

 そのせいでここへ来る前からずっと、酷い頭痛と吐き気でどうにかなりそうだったが、それらが逆にジグの意識を維持させている。

 今この瞬間死ななければいい。

 ルミネを助けられる時まで生きていられればそれで良かった。

 

 ルミネ王女の口と、同時に部屋のどこからか呪文が聞こえてくる。

 おそらく【人形遣い】が直接呪いをかけに現れたのだ。

 

 しかしジグはそのまま直立不動で、辺りの気配を探ることしかしなかった。

 長年一緒にいたことで、これが薬を飲んだ者の正しい反応であることをジグは知っていた。

 

 呪いをかけられて操られている者の反応もずっと見てきた。

 彼らは命令された通りの動きをする。

 逆に何があっても、それ以外の動きはしない。

 ここからばれるかばれないかは賭けだった。

 もし呪いがかかっていることを【人形遣い】が感じ取ることができるのならば、その時点でジグは動き出すつもりでいた。

 どうやら呪いが効かないようだ、と言いだすしかない。

 

「一歩も動くんじゃない」

 

 【人形遣い】の呪いの言葉が聞こえた。

 命令を発するということは、普通にしているだけでは【人形遣い】は、ジグが呪いにかかっているかどうか判別できないということだ。

 これは朗報であった。

 しかしジグは言われた通り微動だにしない。

 

「……何かおかしい気がする。これだけ意志の強いジグが、こんなに簡単に呪いにかかるのか?」

 

 ジグの心臓はドキリと跳ねたが、表向きは平静を装う。

 

「よし……、スカベラ、ジグの腹に穴をあけてやりな」

「はぁ? 何言ってんだ婆」

「気にくわなかったんだろ、ぶっすりやれって言ってんだよ」

「……へぇ、いいんだな?」

 

 ばれているのか。

 ばれているから処分されようとしているのか。

 心の中では迷いながらもジグは動かない。

 

 体の中心部を冷たい鉄が刺し貫き、すぐさま傷口が焼けるような熱を帯びた。

 今にも体を折り曲げてしまいたくなるような痛みをこらえる。

 表情にも力を入れない。

 ひざも折らない。

 半開きの口から、あふれ出た血液が垂れていく。

 

「お、死んじまうぞ?」

「どきな」

 

 半笑いのスカベラが剣を引き抜いたところで、ルミネが近寄ってきて傷口に治癒魔法をかけると、ゆっくりと痛みが引いていく。

 

「……なんだか変な気もするが、まぁ、大丈夫だろ」

「肝が冷えた……。あまり勝手なことをするな」

「はいはい、悪かったよ」

 

 教皇が不愉快そうに【人形遣い】に文句を言う。

 浅いところでは思考の誘導をされているのだが、教皇本人はそれには気づいておらず、【人形遣い】よりも上にいると思い込んでいる。

 

「血の処理もして行け」

「うるさいねぇ、分かったよ」

 

 そうして動き出したのは、【人形遣い】ではなく、ルミネであった。

 部屋にあった布で、ジグの口元や床を綺麗にしていく。

 ジグはその行動には驚かない。

 ルミネだけは、他の呪いをかけられている者とは違う指示系統で動いていることを、既にジグは理解していたからだ。

 

「それじゃあ、私とスカベラは屋根に向かう。あんたらは教皇様の護衛をしな」

 

 スカベラと【人形遣い】が部屋を後にする気配を感じつつ、ジグは口から垂れる血を拭うこともなく立ち尽くしていた。

 一つ、賭けに勝利した。

 次の賭けは、ホワイトと共にグレイが姿を現すかどうかである。

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