転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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グレイなりのやり方、クルムなりの返し

「……今回の交渉結果について、少しばかり悩んでいます」

「何をじゃ」

「……ルミネお姉様は利用されていて、ジグ殿はそれを助けるために動いていた。結果的に犠牲者も出てしまったが、本人たちにはそれしかやり方が思いつかなかった。罪を償いたいと願っているジグ殿の願いを曲げ、モーリス殿たちには嘘を吐き続けることになります。この状態は最善なのかと考えるともやもやするのです」

 

 グレイは呆れた顔でため息を吐いた。

 年齢を考えれば仕方のないことだが、段々と事が大きくなっていくにつれて、最初の頃の捨て鉢の気合いがどこかに鳴りを潜めてしまったようにも見えた。

 悩みも多い年ごろであることは分かっている。

 ここで甘やかすことなどいくらだってできるが、それでもグレイは簡単にそうするつもりはなかった。

 辛い時に甘い言葉をかけて導いてやってばかりいると、グレイの正義や考えを、クルムに刷り込むだけの結果にしかならない。

 

 それでも話をしなければならないのならば、まずクルムを自分と対等に話せる土俵まで持ち上げる必要がある。

 

「嫌ならやめればよかろう」

 

 グレイは小指で耳をほじりながら小馬鹿にするように言った。

 

「はい?」

「ぜーんぶやめろ、今すぐじゃ。ほれ、ファンファだかハップスあたりにあとは全部任せると言って、王都の外でのんびり暮らせばよかろう。運が良ければ王国も少しは良くなるじゃろうて。儂が安全なところまでは連れて行ってやろう。それで話は終わり、さよならじゃな」

「そんな極端な話はしていません、私はただ……」

「した。お主はそんな話をしておる。儂にきった啖呵を忘れたか? 儂に邪魔をするなと、どんな状況になっても目的を果たすと言うたな?」

「言いました。ですから諦めるなどとは一言も……」

「クルムよ。勢力が大きくなって、迷いが生まれたか?」

 

 グレイはクルムの言い訳を聞かない。

 挑発しつつ、ずばり、今のクルムの心の奥底にある恐れを目の前に突き付ける。

 それで折れるような少女でないことはよく分かっている。

 もしその思惑が外れていて、折れてしまえばそれまでだ。

 

「……そんなことはありません!」

 

 疲れた体でちょっと相談しただけなのに、これだけ一方的にまくしたてられて、クルムはむっとして少しばかり反論する元気が出て来る。

 腹が立ってくると段々気持ちも強気になってくるものだ。

 

「じゃあなんじゃ。慰めてほしかったのか」

「先生にそんなことは期待していません」

「なんじゃと、この小娘……!」

 

 言い返しながらもグレイは内心ほくそ笑む。

 いい感じにヒートアップしてきた。

 弱気になった小娘など相手をしていても面白くもなんともない。

 

「そうではなく! もっといいやり方はなかったかと、考えていたんです!」

「そんなもん分からんわ!」

「先生にも分からないならいいです!」

「人に頼っとらんで自分で考えたらどうじゃ」

「だから最初に相談していいか聞いたでしょう! 嫌ならそう言えばいいじゃないですか!」

「落ち込んだ顔からどんな馬鹿な話が出て来るか気になってのう……」

「この……!」

 

 クルムが顔を赤くして拳を握る。

 外では平静を装っていなければいけないことも多いのだから、たまにはこれくらい怒らせておくぐらいでちょうどいいとグレイは思う。

 

「ほっほ」

 

 グレイはいったんクルムをクールダウンさせるために、笑いながら立ち上がって勝手にお茶を淹れ始めた。

 

「私の分も入れてください」

「嫌じゃ。意気地なしは自分でやるが良い」

 

 後ろから乱暴に歩いてくる音が聞こえて、グレイはばれないようににやにや笑う。

 十三歳の少女を本気で怒らせて喜ぶ悪い爺である。

 

 宣言通り自分の分のお茶だけ入れて席に戻ると、クルムも自分の分のお茶だけ入れて、ついでにグレイがよく食べている茶菓子まで出してきて、椅子に腰かけた。

 グレイは茶をずずっとすすり、茶菓子に手を伸ばすと、クルムがさっと皿を寄せて取らせないように確保する。

 

 ここにきてにやにやと笑っているグレイの顔を見たクルムは、どうやらからかわれているらしいと気が付いて、余計に腹を立てていた。

 グレイは手を引っ込めると、もう一度茶を啜って、ひと息ついてから話しかける。

 

「のうクルムよ」

 

 クルムは返事をしない代わりに、上目遣いでグレイを睨みつけられる。

 グレイはその姿を見て、随分と子供っぽくなったものだと思い笑った。

 今度はなぜ笑われたのかと、クルムが訝しげな表情でグレイを睨んでいる。

 

 最初の頃は気合いばかり入ったお人形のようであったが、多くの人と関わり、経験を積んだことで、ずいぶんとクルム=ハルシという人間像が出来上がってきた。

 多少悩みが生じるのも、成長の過程の一つだ。

 グレイはクルムがクルムらしく生きていく限り、本気でクルムを見捨てるつもりなどない。

 

「何が正しかったかなど分からんのだ、結果が出るまではな」

 

 グレイが真面目な表情になったのに気づいたクルムは、不信感を残しつつも、真面目に話を聞く態勢をとる。

 

「そして、何を選んだところで、それがうまくいかぬことはある。お主が決めたことですべての事象が左右されるなどとうぬぼれたことを考えるな。モーリスであれば父が死ぬまでに、もっとできることがあったかもしれぬ。ジグであれば、もっと早くにルミネの異常に気付き助けられたかもしれぬ。わかるな?」

「はい」

「お主が思いつく最善があれだったならば、お主の中ではあれが最善だった。それだけじゃ。人は自分の正義を信じて行動を選択することはできるが、それが全ての人間にとって常に最善であるかなど知ったことか。そんな選択はない」

 

 喋りながらグレイが茶菓子に手を伸ばすと、神妙な顔をして聞いていたはずのクルムが、グレイから届かないようにさっと皿を両手で持ち上げた。

 

「先生は自分の正義を信じて行動しているのですね」

「そりゃあいつだってそうじゃ」

「分かりました。先生の人生を参考にするならば、信じてもうまくいかないこともある、だからいちいち気に病み過ぎるな、ということですね」

 

 意訳するならば、お前の人生失敗ばかりだな、である。

 今回の助言はともかく、先ほどまで散々意地悪を言われた仕返しだろう。

 

「……儂が本気で手を上げないとでも思っておるのか?」

 

 グレイが怖い顔で睨みつけると、クルムはにっこりと笑いながら茶菓子をテーブルに戻してグレイの方に差し出した。

 

「私の知っている限り、先生の正義はこれくらいのことで私に暴力を振るいません」

「生意気じゃのう……」

 

 グレイは乱暴に茶菓子をまとめてつかむと、口にポイっと放り込む。

 

「そのくらいの方がいいらしいと、先ほど学んだので」

「どうやら学びの多い良い師に恵まれたようじゃな」

「ええ、それは本当に。いつもありがとうございます」

 

 クルムは澄ました顔で茶を静かに啜りながら、軽口を躱し、なんだかんだで悩み事を解決してくれたグレイに礼を述べるのであった。

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