転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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影に日向に

 クルムとグレイはしばらく今後についての話し合いを続けていたが、途中でグレイが、クルムに今日の訓練をつけていないことを思い出す。

 すでにかなり疲労している状態のクルムに対し、当然のように訓練を決行。

 クルムは今日は疲れているから、というわけにもいかず、完全に体力を使い果たし、結局ベッドでしばらく仮眠をとることになった。

 

 グレイはクルムが眠ったのを確認して、そっと部屋から出ていく。

 そのまま自室へと戻るつもりであったが、なぜか廊下でうろついていたウェスカに呼び止められる。

 

「グレイ様、お疲れ様です。クルム様はお休みに?」

「うむ、寝た」

「ありがとうございます」

 

 ウェスカはほっとした顔をしてグレイに頭を下げる。

 

「何がじゃ」

「最近のクルム様はお忙しそうですから。昨晩はどこかでお出かけされていたようですし、朝方見かけたお顔は、随分と思い詰めた様子でした。休まれたということはグレイ様が、クルム様の心配を解消してくださったのでしょう?」

 

 ウェスカは最初からずっと陰ながらクルムを支え続けている。

 オールラウンダーであり、どこか突出した能力はないと思っていたグレイだが、ここにきて一つ気付いた。

 僅かに顔を合わせただけでクルムの異変に気付いたのだとすれば、この男のクルムの状態を判断するという能力は相当優れている。

 これはこれで得難い人材だ。

 

「情けないことを言っておったから、少しばかり発奮させて、朝やらずにいた訓練をさせただけじゃ」

「私にはできないことです」

「お主は遠慮しすぎじゃな。クルムがこそこそ悪さをしているのも実は知っておろう?」

「悪さというか……、何か隠していらっしゃるなぁということくらいは」

 

 クルムは危険なことをするとき、ウェスカに隠れてこっそりとやることがある。

 ウェスカに伝えれば心配するだろうからと思うみたいだ。

 そして報告に関しても、現地で起こったことよりも、嘘を吐かない程度にマイルドな内容にしていた。まるで親に怒られたり注意されることを恐れる子供のようであるが、本人はいたって真剣だ。

 

 グレイから見てもクルムの演技力はかなり優れているが、それでも長年一緒に苦楽を共にしてきたウェスカから見れば綻びはあるようだ。

 確認のためにかまをかけてみれば、案の定のようだった。

 

「お主は嫉妬をせんのだな」

「何のです?」

「クルムの横にいる役割を、儂がとったような形になっておるじゃろう」

 

 貴族に限らず、こういった役割の変化が起きた時には、嫉妬する者は数多くいる。

 嫉妬の視線は敵意にも通ずるものがあり、もしウェスカが嫉妬をしているのならば、グレイはすぐに気づく自信があった。

 しかし、ウェスカからはさっぱりそれを感じない。

 

「そもそも私の力が足りないから、グレイ様の力をお借りしているんです。自分で探してお呼びしておいて、嫉妬もないでしょう」

 

 普通はそうでないからこそ言っているのだが、ウェスカは当たり前のように言ってのける。

 元々ウェスカは冒険者をしていたのだから、もっと擦れていてもおかしくないし、クルムに雇われた経緯だって、騙されて働かされていたところを拾われたと聞いている。

 根っから善人なのだろう。

 恵まれた家庭で育たねばなかなかそうはならぬのだが、冒険者になっている時点でそうでない可能性は高い。なかなか矛盾の多い不思議な人物であった。

 

 なんにしてもクルムに対する忠誠心は本物である。

 妙な男であった。

 

「お主のような男がいたから、クルムは儂までたどり着いたんじゃろうな。あまり謙遜をするな」

「そうは思いませんが……、グレイ様にそうおっしゃっていただけるとは光栄です」

 

 相変わらず腰の低いウェスカに、グレイは鼻を鳴らして自室へ戻る。

 グレイもまた、昨晩はあまり眠っていない。

 別にそのまま活動を続けることはできるが、現状を考えると、また急に動かねばならない時も来るかもしれない。

 グレイは大きな体をロッキングチェアにもたれさせると、目を閉じて少しばかりの休息をとることにするのであった。

 

 

 クルムが目を覚ましたのは、部屋をノックされる音によってだった。

 ノックの主はウェスカで、客人の来訪が告げられる。

 相手はバミ大臣の配下である、ホープとクリネアであった。

 

 少し時間が欲しいことを告げて慌てて準備をして迎え入れると、当然のようにグレイも一緒に部屋に入ってきた。

 待たせている間、グレイと話をして過ごしていたようだ。

 クルムが王都で出会ったくせ者の多くは、グレイの知り合いである。

 

 グレイのお陰で人間関係が広まったが、あまりにも厄介な人材が多いので、そのうち人間不信になりそうだ。

 

「いろんな噂を聞いて、これはもしかしたら私たちの出番かなって来ちゃった」

「クリネアー、相手は王女様」

「でも私たちの妹弟子みたいなものでしょ? 王女様だってこの方が気楽でいいと思ったんだけどな」

「やめなよ、困っていらっしゃるから。なんか大変なことになってそうですよねー」

 

 妙に距離を詰めてくるのがクリネアで、気の抜けた調子で喋っているのがホープだ。どちらも既にクルムの前で素を見せてしまっているからか、遠慮があまりない。

 クリネアは「そうかなぁ?」と独り言をつぶやいて、ちらっとクルムの顔を見てから、少し考えて再び口を開く。

 

「いかがでしょうか、王女殿下。何か私どもにお役に立てることはございますか?」

 

 急にぴしりと姿勢を正したクリネアは、ほんの一瞬で、すっかりできる女の顔へ変貌していた。

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