転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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27話 教え子P

 案内された部屋は、これまでクルムが通されてきた部屋とは別の部屋であった。

 いつもは机に向かって作業をするパクスに向けて、ほとんど一方的に話しかけるような形であったというのに、今日はきちんとテーブルを挟んで対面している。

 

 案内されて椅子に座ると、パクスは手ずから茶を入れ、菓子を用意し、丁寧にグレイの前に置いた。それからグレイの対面にも置き、そのままグレイの正面にある椅子を引いて腰を下ろした。

 

 この時点でクルムはいくつかのことを察する。

 パクスは、クルムとではなくグレイと話したがっていて、それを隠す気もない。

 むしろさっさとどこかへ行け、くらいに思っている。

 

 一週間も前から話をする約束を取り付けていたクルムに対して、そんな態度を隠す気もないのだ。今までもまともに相手にされていないことはわかっていたが、それがあからさまになったような形だ。

 

 つまり、パクスとグレイの間には、態度を変更させるほどの何らかの深いかかわりがある。しかも、パクスがグレイを歓迎するような形であるのに対して、グレイはどこかつまらなさそうにしている。

 力関係はグレイの方が上だ。

 

 とはいえ、クルムは諦める気など毛頭なかった。

 最初から相手にされていなかったところから、新たな一面を見ることができたのだ。それだけでもグレイを連れてきた甲斐があるというものだ。

 

「この度はお忙しいところお時間を作っていただき……」

「先生は今クルム王女とご関係があるのですか? 確か貴族……それも王族は特にお嫌いだったと記憶しておりますが」

 

 パクスはクルムの挨拶を遮って、まるでそこに存在しないかのようにグレイに話しかける。

 わざわざ仲を引き裂くような発言までしてだ。

 そんなことはとっくに知っているクルムからすれば、何のダメージもない暴露であったけれど。

 

「そうじゃな」

 

 グレイの返事はそっけない。

 そしてクルムは諦めない。

 

「先日噂に聞いたところ、パクス会長は以前と変わらず貴族のお誘いはあまり受けておられないとか。私ももうすぐ十三となります。ご存じかもしれませんが……」

 

 ちっ、と小さな音が部屋に響いた。

 発生源はパクスの口のあたり。

 あからさまな舌打ちだった。

 

「何か弱みでも握られているようでしたら私、いつでも先生のために働く準備はありますけれど?」

「パクスよ」

「はい、なんでしょう」

「人の話を無視するのは良くないのう」

 

 パクスはスンと黙り込み、それからため息で布を揺らしてからテーブルに肘をついて指を組み、その上に顎をのせた。

 

「……お言葉ですが先生。私が先生と同じく王侯貴族が大っ嫌いなのはよくよくご存じのことでしょう? それでも私にこの王女と対話せよとおっしゃるのですか?」

「対話する気がないのならなぜ機会を作った」

「そんなもの」

 

 今度は椅子に寄りかかり、背もたれに腕をひっかけたパクスは馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

「王宮で孤立している哀れな王女を観察して留飲を下げるために決まってるじゃないですか。のぼせ上って先生を雇った上、まさか王位継承者争いに参加する気じゃないでしょうね? ああそれともそういう笑い話ですか。下手な大道芸人よりはよっぽど面白い。……おい、何とか言ったらどうだ小娘」

 

 パクスは最後にはガタンと椅子を元に戻し、身体をテーブルに乗り出しながら、静かに脅しかけるようにクルムへと言葉を投げかけた。

 

 クルムはにこりと笑う。

 王侯貴族が嫌いならば都合が良かった。

 クルムだってあいつらのことは大嫌いだ。

 小娘なんて呼ばれ方も、グレイが先にしてきたおかげで耐性ができている。

 

「楽しんでいただけて光栄です。仰る通り、十三になりますので王位継承者争いに参加させていただくことにいたしました。つきましては、飛ぶ鳥も落とす勢いのパクス会長に、ぜひとも後ろ盾をとお願いに上がった次第です」

 

 少しもひるまず、そして怒りもせずに返答をしたクルムを見て、パクスは一度姿勢を戻し、じっくりとクルムの表情を観察した。これまで四度ほど訪ねたことがあったが、クルムがパクスの視線を真正面から受けたのは、これが初めてのことであった。

 

「……蟷螂の斧。先生はいつか私にそんな話をしましたね。この小娘が掲げているのはまさにそれでは? 先生らしくもない。哀れな子供を殺そうとしているのですか?」

「知らんよ。交渉しているのはお主とクルム王女じゃ。儂には関係ない」

 

 矛先はグレイに変わったが、グレイは当然動じたりしなかった。

 今でこそ商会長などと偉そうな身分についているけれど、かつてはもっとぎらぎらとしてなんにでも噛みつく男であったことを知っている。

 ある出来事が起こるまでは、グレイにだって散々噛みついてくる問題児であった。

 

「では何のためにここへ」

「かつての教え子と今の教え子に請われたからじゃ」

「では同じ質問を。先生は哀れに突っ走る今の教え子を見捨てるおつもりで? 私の時は叱責し止めてくださいましたよね」

「お主は聞かなかったがな」

「それでも立派に武器を磨き、これまで生きてきたつもりです。こんな何もないような小娘を私に見せて、まさか当てつけのつもりですか?」

「それに対しては儂も同じ答えを返そう。今はお主とクルム王女が話す時間じゃ。儂はクルム王女の護衛をしており、たまたまお主と知り合いであったにすぎぬ。なぜお主は儂とばかり話すのじゃ」

「……ええ、わかった、わかりました。はい、そうですか! 先生がそうしろとおっしゃるならそうしてやりますよ。その代わり手出し口出しは一切しないでくださいね」

「拗ねるな」

「いい年こいて拗ねたりなんてしません」

 

 パクスはわざわざ一度立ち上がると、外に向けて何かを言いつけて、今度はきちんとクルムの前に座った。しばらくすると使用人によって茶が運ばれてきて、クルムの前にそっと差し出される。

 これもまたここに通うようになってから初めてのことだった。

 

「拗ねておるではないか」

 

 グレイがぼそりと言ったが、パクスはピクリとも反応せずにクルムのことを睨みつけている。

 グレイがパクスと最後に顔を合わせたのがおよそ、十五年前のある日。

 当時十代後半であったはずだから、今のパクスは三十半ば。

 

 そんな年になっても、グレイの前ではこんな拗ね方をするのかと、クルムはこれまで得体が知れないと思っていたパクスに対して、一種の共感のようなものを抱いていたのであった。

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