転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ゾエの動揺

 ゾエは僅かな時間、情報の整理をしていたようだが、すぐにそれをやめてグレイに話しかける。

 

「しかしわざわざそんなこと教えに来てくれたわけじゃないでしょうに。今日はどんな御用で? 先日のように身分の高い方の付き添いですか?」

「そんなところじゃな。ほれ、一応この屑が東地区の闇市を仕切っているゾエという男じゃ」

「へい、ご紹介にあずかりました、屑のゾエです」

 

 不満そうに目を細めてグレイを見ながらも、ゾエは文句は言わずにわざとらしく自身の名前に屑と付け足した。

 グレイに対する精いっぱいの反抗心であった。

 それなりに長い付き合いであるから、どのラインを踏み越えるとグレイが手を出してくるかはなんとなく把握している。

 

「クルム、と申します」

 

 クルムが名前だけを告げて身分を隠したのは、このゾエという男がどこまで情報にアンテナを張っていて、どこまで王都のことを知っているかを推し量るためである。

 ゾエは「クルム、ねぇ」と呟いてから、じろりとクルムの足先から頭のてっぺんまでを見てから、グレイの方を向いた。

 

「大丈夫ですかい、王女様の名前なんて名乗らせて。いくらグレイさんとはいえ、王侯貴族相手に遊ぶもんじゃありませんぜ。奴ら俺たちなんかよりもずっと腹の底が真っ黒なんですから」

 

 かなり末子に近い存在であるクルムの名前は知っていたが、流石に本物とは思っていない。いくらグレイでも、こんな貧民街の中心部に王女様を連れてやってくるとは思わなかったのだ。

 そもそもグレイの態度がどう見たって王族に対するものではないから、そのあたりも加味したうえでの発言である。

 

「まあ、腹の底が真っ黒というのは同意じゃが。しかしお主、しばらく見ぬうちに気が大きくなったもんじゃのう。その本人を目の前にして悪口とは」

「はは、グレイさん、その冗談面白くない……」

 

 喋りながらも、ゾエの視線は数度グレイとクルムの間を往復する。

 最後にグレイの顔を見てから、口元に手を当てたゾエは、『しまった』という表情を浮かべながら続ける。

 

「冗談ですよね?」

「どうじゃろうな」

「場所を変えましょう、こんなところで話すことじゃねぇ……」

 

 ゾエはすぐさまその辺の子供をつかまえ火の番を頼むと、「ついて来てください」と言って歩き出す。

 王女の身に万が一のことがあれば、いい口実だとばかりに貧民街の東地区ごと焼き払われかねないことをゾエは理解している。だから慌てて場所を変え、そこからほんの数分の、比較的大きな掘立小屋まで移動した。

 

 ゾエは扉を開けると、二人を招き入れる。

 外から見ればただの掘立小屋であったが、いざ中へ入ってみれば立派なお屋敷のような内装である。

 内部から壁がしっかりと補強され、調度品もきらびやかではないが機能的で高級な物ばかりが揃っている。

 ゾエの拠点の一つであった。

 貧民街とはいえ、ゾエほどともなれば贅沢な拠点をいくつか持つくらい、訳ないことである。

 

「ええと、クルム王女様、いや、殿下とでもお呼びするのが正しいんですかね。すみません、礼を知らないチンピラなもので、どうかご容赦ください。狭苦しい場所ですがね、どうかおくつろぎくださいませよ」

 

 ゾエが無理やりに丁寧な言葉を使おうとするほど、イントネーションや語尾が妙なことになっていく。

 グレイはそれがおかしくて笑いをこらえていたが、ゾエからすれば笑い事ではない。

 

「言葉遣いはお気になさらずにどうぞ。失礼します」

 

 クルムも、ゾエのへりくだりにおだてられるほど甘くない。

 ゾエが丁寧な話し方を探るふりをしながら、自身の心境変化をじっと見極めているようであることに、すぐに気が付いていた。

 乗せられやすいタイプであれば、うまくよいしょしてこの場を乗り切るつもりなのだろう。

 

 しかしクルムは別に、ゾエと話して気分良くなりに来たわけではない。

 あくまで協力を取り付けに来たのだ。

 適当に誤魔化されるのではなく、何とかして交渉まで持ち込まなければならない。

 ゾエが対面に腰かけて、最初の言葉を探っている間に、クルムの方から先に話しかける。

 

「よく私の名前を知っていましたね。王族の中でも存在感のある方ではないと思うのですが」

「そりゃあこんなところで暮らしていますが、俺だってハルシ王国の国民でさぁ」

 

 よくもまぁぬけぬけと言ったものである。

 貧民街に暮らす者の多くは王国に税を納めていない。

 しかしクルムはそれをとがめることもなく話を続けた。

 

「ありがたいことです。今日は先生に連れられて、この辺りで暮らす人々の生活を見てきました。心痛む光景もあり、王族の一人としての責任を感じるばかりです」

「へぇ……」

 

 ゾエはクルムに聞こえるか聞こえないくらいの音量で、小さく声を漏らす。

 ただの小娘ではないと思ったのか、しゃらくさいと思ったのかは、クルムにはまだ分からなかった。

 

「いやいや、そう思ってもらえるだけで救いです。しかし、なんです、グレイさんは殿下の先生をされていると?」

「はい。先生には王位継承争いに参加する上での、教育係をお願いしております」

「……殿下が、王位継承争いですか?」

「はい。真剣に、次代の王位に就けるよう、努めているところです」

「そりゃあ……、志の高いことで……」

 

 クルムが何を求めているか、ゾエにはまだ分からない。

 それでもあのグレイがクルムの教育係をしているという事実だけで、この話し合いに対する真剣度を、一気に最高レベルまで引き上げるのであった。

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