転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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南のグンナイ

「グレイさん、この話信じていいんですよね?」

「信じるか信じないかはお前次第じゃ。自分で考えるんじゃな」

 

 いったんグレイの保証を得ようと話を振ってみたゾエだが、あっさりと躱されてしまい歯噛みする。クルムの味方だというのなら、保証の一つくらいしてやれよと内心毒づく。

 そうすればゾエだって気分よくそれじゃあ協力しますと言えようものだ。

 

 このグレイという老人は、貧民街に住んでいようと、王族の教育係をしていようと、ゾエの知っている糞爺のままであった。

 

 しかしだからこそ信用できる部分もある。

 それは化け物じみたグレイという戦力が、決して王族にかしずいて立場を決めたわけではないということだ。

 クルムはグレイに認められる程度の能力はあるし、グレイもいざとなれば手を貸してくれる可能性がある。

 

 そもそも、話に乗らなければ貧民街の一部は焼き払われるのだ。

 選択肢などまともに存在しないに等しい。

 

「……分かりました、他の奴らにも紹介しましょう。急ぎなんですよね?」

「はい、急ぎです。数日中に話をある程度まとめたいところですね」

「もうちょっと余裕をもってきてくれりゃあいいのに……」

 

 クルムへの対応も慣れてきたのか、ぶつぶつと文句を言いながらゾエは立ち上がる。

 どうせ余裕を持ってきていたら、余計な悪だくみをするだけなので、クルムからすればこれくらいでちょうどいいのだが。

 

「南、西、北の順で行きますぜ。どっかで情報を得られた場合、南と西の奴らは逃げるかもしれねぇので」

「そうじゃな。逃げても捕まえるが」

「おぉこわ……」

 

 ゾエはまともな格好に着替えると、「じゃ、行きますかね」と言って扉を開け、ふと立ち止まった。

 そうして振り返って尋ねる。

 

「そういやグレイさん……、先日会って以降、南のグンナイと西のブルトンに会いました?」

「いや、会っとらん。そういえば積もる話もあったのう……」

 

 グレイがにやぁっと笑ったのを見て、ゾエは余計なことを言ったと思いながらも、我がことではないのであまり気にせずに案内を始めるのであった。

 

 さて、ゾエがまともな恰好をしているおかげで、街中を歩いても誰にも見咎められることはない。ステッキを持ってハットをかぶったゾエは、顔に傷こそあるが、どこかの名士のようにも見える。

 その格好のまま最短距離で南地区の貧民街へ入り込んだゾエは、真っすぐに南地区のグンナイの元へ向かっていたが、途中で足を止めて振り返る。

 

「鬱陶しいぜ。死にたくなきゃ引っ込んでな」

 

 ゾエはステッキから仕込みの刃物をすっと抜き出し、ハットのつばを押し上げながらつけてきている貧民街の住人ににらみを利かせる。

 明らかに堅気じゃない顔つきに、妙なプレッシャー。

 他人の強さが理解できない貧民街の住人にとっては、老人であるグレイよりも、何をするかわからなさそうなゾエの方が恐ろしいのだろう。

 すごまれるや否や散り散りに去って行ってしまった。

 

 闇市のまとめ役なんてものは、実際腕っぷしがある程度ないと成り立たない。

 ただのはったりではなく、かかってくればまとめて指を切り落とすくらいのことはやって見せるだろう。

 

「見せかけじゃのう」

「グレイさんと比べるのやめてもらえませんかね……。はったりも役に立つときがあるってもんです。さ、先を急ぎましょう」

 

 グレイに酷いことを言われても、ゾエはそういう人だと認識しているのでいちいち腹を立てたりしない。ゾエみたいな性質の者がグレイとうまくやっていくには、これが一番いい方法なのだ。

 その小賢しさが、今一つグレイがこのゾエという男を気に入りきらないところでもあるのだけれど。

 

 さて、南の闇市で何度か情報収集したゾエは、グンナイが今日はのんびりしていると聞いて、そのまま近くの拠点へとやって来た。

 

「おーい、グンナイ、生きてるか。最近の人が消える話について、急ぎで共有しなけりゃいけねぇ話があんだよ」

 

 普通の小屋に見える扉をゾエがノックして声をかける。

 よく見ればこの小屋も、ゾエの拠点同様改造がなされているのだろう。

 妙に建物が連結して曲がりくねっているように見えた。

 

 しばらく待っても返事がないことにゾエが首をかしげる。

 

「いねぇのかな」

「いや、おるような気配がする」

「あ、そうですか。おい、グンナイ、出てこないなら無理やり入るぜ。いいか、あと十秒だけ待ってやるからな。グレイさんはお前がいるって分かってるみたいだぜ」

 

 そう言った途端に、鍵がいくつもガチャガチャと開けられる音がして、中から扉が開けられる。現れたのはとてつもない長身で、不健康そうな、死神のような見た目の男であった。

 

「すみませんねグレイさん。私の拠点は廊下が長いもので、お迎えにちょっとばかり時間がかかっちまっただけなんですよ……、へっへへ」

 

 卑屈な笑いが、グンナイがどれだけグレイを恐れているかを表しているようだった。

 

「うむ、気にしておらん」

「そうですか、そりゃあ良かった、立ち話もなんですから、中にでも入りますかい?」

「いや、その前にちょっとこっちへ来い」

 

 にっこりと笑ったグレイ。

 ドアから顔を覗かせたまま固まるグンナイ。

 グンナイはしばし目を泳がせた後、くぼんだ眼でゾエをぎろりと睨みつけた。

 

「てめぇ……、まさか……」

「来い」

 

 しかしゾエが答える前に、グレイが腕を伸ばす方が早かった。

 胸倉を掴まれた長身のグンナイが「あぁああぁ」と、亡者のような情けない声を上げながら、家から引きずり出される。

 

「『やっと死にやがった』?」

 

 ゾエによって知らされた、グレイの行方が知れなくなった時に、グンナイが放った言葉だ。

 

「あっ、いや、あれはっ、その」

「ふんっ」

 

 ばちんっ、とあたりに響き渡るいい音がして、グンナイの頬が張られた。

 ゴロゴロと転がって、壁に激突して止まったグンナイに向けて、グレイは吐き捨てる。

 

「これから用事があるから、この件についてはそれくらいで許してやろう」

「……あ、あじがどう……ございまず」

 

 グレイの加減は素晴らしく的確で、グンナイの頬は見事に腫れあがったし、口の中は傷ついてズタズタであるが、怪我の程度は歩いたり走ったりするのには問題ない。

 クルムは死神のような不気味な大男が、しくしくと静かに涙を流しながら着替えるために拠点へ消えていったのを見送り思う。

 陰口はよくないな、と。

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