転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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パクスの生まれ育ち

 パクス商会でいつもの部屋に通されたクルムは、貧民街での件などをパクスと共有する。

 少しばかり時間を掛けて将来的に貧民街をどうしていきたいか、などの相談も行いつつ、クルムはしばらくパクスの反応を窺っていたが、やがてじろりとその細い目で睨みつけられる。

 

「私もあまり暇なわけではないので、何か話したいことがあるのならば、様子見などせずにさっさとしてもらえませんかね」

 

 手を組むようになってからのパクスは、慇懃無礼な感じがなくなった分、ズバッとストレートに切りかかってくるようになった。距離が縮まったと捉えることもできるが、その分攻撃性が増したとも言える。

 演技力や取り繕う能力が日に日に上昇しているクルムの本心をあっさり見抜いてくるのは、本当に驚異的な観察眼である。

 ただしこれには種があって、クルムの能力が不足しているわけではない。

 単純にパクスが、ここ最近のめきめきと成長をするクルムの変化を見続けてきたから、その内心がなんとなく理解できるだけである。

 特に馬車の中で長いこと二人きりで話したことは、かなり効果的であった。

 あれはクルムに劇的な成長を促したが、それと同時に、パクスに思考の癖を完全に見抜かれるようになってしまった。

 それ以降もクルムは少しずつ変化しているが、パクスも慎重にその推移を観察しているため、現時点ではまだまだ手のひらの上からは逃れられていない。

 

「……実は昨日交渉している最中に、私の貧民街の住人に対する理解が、大変低いことに気が付きました。先生からパクス殿に伺うのが良いだろうと助言をされ、その質問をする機会を探っていたところです」

「なるほど、そういうことですか……」

 

 バリボリと菓子をかじりながら茶をすすっているグレイは、いかにも話の内容には興味がなさそうだ。それでもグレイが言ったのならば話すべきか、それとも秘すべきか。

 珍しく迷いを見せたパクスは、しばし黙り込んで昔のことに思いを馳せた。

 

 

 パクスが初めてグレイに出会ったのは、十歳になるかならないかくらいの頃だ。

 実のところパクスは自分の正確な年齢を知らない。

 グレイに出会ってすぐに、それくらいの年だろうと言われたから、その時の自分の年齢をそう定めただけだ。

 

 パクスは親も兄弟も知らない。

 ただ、物心ついた時には知らない女に、他の子供たちと一緒に雑に育てられていた。

 一緒に育てられていた子供は、時折消えたり増えたりしていた。

 賢いパクスは、逆算するとおよそ八歳くらいの頃に、女の一味が子供を攫ったり売り払ったりしているからだと気づいた。

 だから他の子供を唆して、集団でその家から脱走を試みたのだ。

 隙をついた見事な作戦であったが、子供の集団は目立つ上に足が遅い。

 最終的には居場所がばれてしまい、数人の犠牲のもと、結局追いかけてきた者を返り討ちにすることとなった。

 

 パクスと残った二十数人の子供たちは、動ける者で何とかその日の食料や小銭を稼ぎ、集団で何とか暮らしを立てていた。一年も経つ頃には、怪我をしていた者が命を落とし、足の遅い者や要領の悪い者から、一人、また一人と姿を消して、結局その集団はたったの十人ほどまでに姿を減らしていた。

 貧民街は子供の集団が暮らしていけるほど甘い場所ではなかった。

 パクスたちは自由の代償に、庇護者を失ったのだ。

 

 できるだけ安全そうな場所へ。

 そう考えたパクスが少しずつ場所を移動しながら辿り着いた先が、最近妙な男が越してきたと噂の、貧民街の端の方だった。

 本来街の犯罪者が流入してきて危険なはずの場所なのだが、その男が周りにいる者たちを端から叩きのめして排除するせいで、ぽっかりと空白地帯が出来上がっていたのだ。

 パクスはこれ幸いと、その場所を利用することにした。

 食料を盗んだり、小銭を手にするには少しばかり距離を歩かなければならないが、それはすなわち、貧民街の危険からは遠ざかることのできる場所であるということだった。

 

 パクスがグレイの家に忍び込んだのは、そんな生活に少しばかり慣れてきたころのことだった。

 危険を避けて暮らしていたが、暮らしのためには必要に応じてリスクを背負う必要もある。

 ある日仲間の一人が大きな怪我をして帰ってきた。

 そしてその怪我から菌が入り、毎日のように熱に浮かされるようになった。

 医療の知識などてんでない子供たちは、ただその子が弱っていくのを見守ることしかできない。

 それでも何か栄養のあるものを食べさせようと、パクスはすぐ近くの家でのんびりと、そして贅沢に暮らしているように見えるグレイの家に忍び込んだのだ。

 危険な人物だということは分かっていた。

 だが、普段の生活を覗いていて、いつ眠っているかなどは完全に把握しているつもりだった。

 不用心に鍵も掛けていやしない家に忍び込むのは簡単だった。

 そしてグレイに、首根っこをひっつかまれるまでも、実に簡単だった。

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