転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ボタンの掛け違い

 少女の遺体を片付けた後、男はパクスの仲間たちから責めるような視線を向けられながらも、何も言わずに去って行った。

 男が去って行った後も、仲間たちは男が助けてくれなかったことに関して、口々に文句を言った。きっとそうしないと、少女を失った悲しみを乗り越えることができなかったのだろう。

 しかしなまじ賢いパクスは、少女の死を男のせいにすることができず、仲間たちの陰口を注意した。それ以来パクスと仲間たちは、男のことで意見が対立するようになっていった。

 ひと月、ふた月と過ぎた頃、パクスはついに仲間たちとの袂を分かつことになった。

 それは自然な流れだった。

 互いに信頼し合えないものが、生活の全てを分かち合うことは難しい。

 なんとなく互いに惜しみながら、パクスは一人で生活をするようになった。

 

 一人になって、そうしてやっと、パクスは久々に男のもとを訪れることになった。

 聞きたいことが山ほどあった。

 知りたいことが山ほどあった。

 

 パクスはいつしか男の名をグレイだと知り、自身も名前を得て、毎日訪ねるのが当たり前になった。

 共に学ぶ者も、いつの間にか少しずつ増えていった。

 

 それでもパクスは、かつての仲間が何をしているのかは、常に把握していた。

 ほとぼりが冷めた頃、時折顔を合わせて、話を聞くようになった。

 かつての仲間たちは、相変わらずで、段々と悪さもするようになっていた。

 パクスは幾度か彼らに知恵をつけることをすすめたが、かつての仲間たちはかたくなに拒否をした。

 パクスも、あまりしつこく言うことはなかった。

 無理に連れて行ったとしても、どちらにも良いことはないだろうと思ったからだ。

 

 この頃には男、グレイの名は既に貧民街の一部に知れ渡っていた。

 だからこそ逆に彼らは、やはりグレイならば本当は少女のことを助けられたのではないかと疑っていたのだ。

 彼らは頑なに過去の事実を直視しようとしなかったし、自分たちの力と知恵の足りなさこそが少女を殺したことを認めようとしなかった。

 

 パクスはグレイの元で学びながら、新たな仲間たちを増やして、付近で勢力を拡大していたが、かつての仲間たちも少し離れた場所で同様に頭角を現し始めていた。

 互いに衝突を避け、同盟に近いような関係にあった二つのグループは、どちらも若い集団ながら、貧民街の中では一目置かれるようになっていた。

 特に仲間たちのグループが、かつて自分たちを売り払おうとしていた者たちを、執拗に追い回して壊滅させたことで、その悪評は更に知られるようになった。

 

 彼らは情報を得て、人身売買の裏に貴族や裏社会の姿があったことを知り、それらに敵愾心を抱くようになった。パクスは敵が大きすぎることを悟り、あまり突っ走らないよう忠告したが、そこでもかつての仲間たちとの意見は合わなかった。

 

 パクスがグレイのもとで学んで五年ほどが過ぎた頃のことだった。

 貧民街に不穏な噂が流れた。

 一部区画が焼き払われるという噂だ。

 しかも、かつての仲間たちが縄張りとしているところを中心に。

 

 実際に立てられた粗末な立て看板を確認したパクスは、政府がはしゃぎ過ぎたかつての仲間たちを殺しに来ていることを悟った。

 もちろんパクスは忠告をしに行った。

 流石にここまでくれば逃げてくれるだろうと考えていたパクスであったが、その考えは甘かった。

 彼らは立て看板を見ても、その冷たい血の通わない文章を読むことすらできない。

 どれだけの規模で襲ってくるかもわからないという、パクスの言葉を信じることもしない。

 知識がないから、自分たちがどれだけ危機的な状況にいるかもわからないし、自分たちがどれだけちっぽけな組織かもわからないのだ。

 彼らは、自分たちが信じたい事だけを信じて、そして、パクスを追い返した。

 

 『お前は俺たちの仲間じゃねぇだろ。嫌なら付き合う必要なんかねぇよ』

 

 分かっていたことだが、パクスはそれなりにショックを受けて引き下がった。

 そんなことを言わせてしまったことも悔しかったし、自分がどうするべきかもわからなかった。

 だから、一人きりになって長いこと考えて、結局、自分のグループをグレイに託して、かつての仲間たちを助けに行くことにした。

 

 グレイには、忠告をしたなら役割は果たしただろうと諭されたが、それも突っぱねてのことだった。自分より年下ばかりがいるグループをグレイに託したのは、そうすることでグレイが助けに来ないようにするためだった。

 パクスはそのころすでに、グレイが王都の中心街を避けていることに気が付いていた。知識が豊富で腕が立つグレイが、どうやら王宮に因縁がありそうなことも悟ってしまっていた。

 だったら余計に巻き込むわけにはいかない。

 

 パクスは、知識を身につけた自分ならば、少しはかつての仲間たちの役に立てるつもりでいたのだ。

 そうしてパクスは、かつての仲間と共に命を落としかけて、全身に酷いやけどを負い、グレイに助けられて生き残ることになった。

 怪我が治るまで時間はたっぷりあった。

 

 失った仲間たちのこと、自分の無力さ、これからのこと。

 ただ知識を得るだけでは生きていくことができない。

 何かを積み上げなければならない。

 グレイに世話をされながら、そんなことを繰り返し繰り返し考えた。

 

 そうして完治したところで、パクスはグレイの元を離れることにした。

 いつかまた何かあった時に、自分の力で物事を解決することができるようになるために。これから年老いていくグレイや、若い仲間たちが、大手を振って街を歩くことができるようにするために。

 グレイなら分かってくれるだろうという多大な信頼のもと、どうしてもやらねばならぬことがあるとだけ告げて、貧民街を一人でひっそりと離れることにしたのであった。

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