転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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3話 ちょっと気に入った

「【青天の隠者】様の助けを借りたく、失礼とは思いつつ直接ご挨拶に参りました」

 

 この少女もまた、グレイの目をまっすぐに見て【青天の隠者】と呼んだ。

 誰かと勘違いしている可能性もあるが、そんなものは知らんと突っぱねるのも格好が悪い。こんなに畏まってわざわざ貧相な家を訪ねてきてくれたのだ。

 とりあえずその【青天の隠者】とやらになりきって、頼まれごとをこなしてから田舎に引っ込むのも悪くないかもしれないと思い始めるグレイ。

 修羅場を潜り抜けて生きてきた人生だ。こんな少女の願いの一つや二つ、片手間にこなしてやれるだけの自信がグレイにはあった。

 

「ふむ。このおいぼれに何の用じゃ」

「既にお察しの通りかと」

 

 グレイにはさっぱりお察しできていないけれど、ここできょとんとした顔をするわけにはいかない。なにせグレイは【青天の隠者】様なのだ。彼女たちの夢を壊すわけにはいかないだろう。

 グレイは長年の日の目を見ないせいで、すぐに内心で人を毒づくなど、すっかり荒んでしまっている。しかしその分誰かの期待に応えたいという思いは人一倍ある。人はそれを見栄っ張りという。

 まあ、それはともかくとして、人が困っていると見過ごせないおせっかいな性格をしていることもまた事実であった。だからこそ貧乏くじを引き続けた人生だというのに、人の本質というのはあまり変わらないものである。

 

「分かっていても齟齬があってはいかん。人が言葉を交わすのは互いを理解するためだ。その努力を怠ってはなすべきこともなせぬ。そも、なぜ儂がここで暮らしていることを知ったのだ?」

 

 それっぽいことを言うのも得意である。

 子供の相手を二十年もしていると、人を煙に巻くのだって上手になるのだ。

 

「申し訳ございません……。仰る通り、味方になっていただきたいあなたに言葉を尽くさないのは私の怠慢でしかありません。あなたの存在を知ったのは、このウェスカの話からです。彼は今でこそ私の影で護衛に努めてくれていますが、かつては冒険者をしておりました」

「ふむ、冒険者とな」

 

 グレイは一応それっぽい相槌を打つ。

 冒険者であった頃というと、すでに二十年近く前のことだ。

 一応三十年以上冒険者としての活動はしていたけれど、グレイはその間ほとんどのものと友好関係を持っていなかった。傭兵のように他のパーティに協力をして、結果を出して報酬を受け取る。

 最初の数年で仲間に裏切られてからは、特定のパーティに加入することがすっかり怖くなってしまったのだ。当然ランクも上がらなかったが、冒険者をやめる前には奇特な若者たちと巡り会って、数年間一緒に活動したことがあった。

 お陰様で最後には又ほぼ全財産を放出する羽目になったのだけれど。

 

 どうでもいいことを思い出してしまったグレイは、いかんいかんと長い顎鬚をなでる。思考が明後日の方向に飛んでいくのは、年のせいではなく昔からのグレイの癖であった。

 さて、そこから改めて考えてみる。

 ウェスカと呼ばれたこの男は、いっても四十手前くらいの年齢だ。

 グレイがまだ現役の頃はけつの青いガキだったはずである。

 すっかりベテラン面しているウェスカに、グレイはチラリと視線を向ける。するとウェスカは表情を引き締めて軽く頭を下げてきた。

 まぁ、何かよくわからないけれど気分はいい。

 

「【青天の隠者】殿の話は、俺が世話になった人から良く聞いていました。かつて冒険者となったばかりの頃、一瞬だけお顔を拝見したことがあったのです。先日街でお見かけした時には思わず声をあげそうになりました。様子を見るにどうやらここを引き払う準備をされていた模様。【青天の隠者】殿がゆえあって姿をくらませたことは知っています。決して他所にあなたの存在を吹聴したりいたしませんので、どうか主のお願いを聞いていただきたく」

 

 さっきからちらちらと、もしかすると本当に自分が【青天の隠者】なのではないかという情報が漏らされ、微妙な気持ちになるグレイ。

 確かにグレイは散財をした後、よく臨時パーティを組んでいた奇特な若者たちには何も告げずに姿をくらませている。とはいえ探そうと思えば探せる程度の情報は、ギルドに残して立ち去ったつもりだ。

 本当に探してくれたならば、『ついに見つかってしまったか』とか言って、旧交の一つや二つや三つ四つ温めまくってやるつもりだったが、結局やってくることは一度もなかった。

 つまりその程度であったということだとグレイは判断している。

 グレイはひねくれものである。

 不運な人生がグレイをひねくれものに育てた。

 

 だから今更グレイの冒険者時代の知り合いが訪ねてこようものなら『ふん、嬉しくなんかないんだからね』みたいなことを言い出す、誰も得をしないツンデレ爺が誕生するだけだ。

 とはいえ評価されるのは嬉しい。

 もし【青天の隠者】が本当に自分の二つ名ならば。

 実は陰でそう呼ばれていたのだとしたら、なんだか悪くないような気がしてくるグレイである。

 他人の二つ名とあらば心の中で毒づくけれど、自分のものとなれば話は別だ。

 いいじゃん【青天の隠者】。

 グレイはちょっとだけその二つ名が気に入り始めていた。仮に誰かのものだとしても、この機会に受け継いでやってもいい。

 

「間に合ってしまったのだ。これも何かの縁なのじゃろうな」

 

 いかにもウェスカの言うことが事実であるとでもいうかのように、グレイは鷹揚に頷いた。ここからの頼みごとが本格的に断り辛い流れになっていることに、気分よく大物顔をしているグレイはまだ気が付いていなかった。

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