転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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30話 底意地の悪い

「首から下げると言っていましたね。ちょっと指輪を貸してください」

「身につけていろという話はまだ始まっていませんか?」

「ふっ、そこまで意地悪くはありません」

 

 クルムから指輪を受け取ったパクスは、店の棚に手を伸ばし、一本の紐を指輪に通した。そうして端を結び合わせると「どうぞ」とクルムに差し出す。

 

「ありがとうございます」

「いいえ、くれぐれもなくさないように。先ほどの話を差し置いても値打ち物ですので。返すときはご自身の手でお願いします」

「わかりました」

「ではご健闘をお祈りします」

「一か月後、必ずお返しに来ます」

 

 クルムが紐を首にかけている間もパクスは条件についての話を続ける。

 白々しい言葉を投げかけてくるパクスに約束を完遂することを宣言し、クルムはその場を後にした。

 

「先生はいついらしても構いませんので。歓迎しますよ」

「ふむ、気がむけばのう」

 

 立派になっている教え子に会いに行くのは、なんとなく偉そうというか、恩着せがましいような感じがして気が引ける。本当に何かの機会に立ち寄るくらいでいいとグレイは考えている。

 というか、今まであっちだって訪ねてこなかったんだから、自分だけ訪ねていくというのはなんとなく癪に障るな、とも考えていた。

 ひねくれ者である。

 

 二人は随分と長いこと会話をせずに歩いていく。

 

 グレイはちらりとクルムの様子をうかがった。

 流石に有力者の知り合いと会ったのに一切助力しなかったのは、気分を損ねたのかと考えたのだ。何やら真面目な表情で歩き続けるクルムの感情は今のところうかがえない。

 

 グレイとて、まさかパクスがそれほど出世しているとは思っていなかった。

 確かに手紙で近況は伝えてきているが、基本的には王都の中心街に店を構えており、立派に繁盛しているということくらいしか知らなかった。パクスからの手紙は、どちらかと言えば個人的な近況報告が多いのだ。

 なんと王都でも有数の商会まで成長していると知ったのは、つい先ほどのことである。グレイだってびっくりだ。表情には出さなかったけれど。

 

 性格は以前よりはマイルドになっているが、根本的には意固地で挑戦的なままのようであった。クルムの話によれば、それでも王都で目覚ましい活躍をしているというのだから、色々と苦労もあったのだろうと考える。

 

 グレイは王都が嫌いだが、すでに独り立ちした教え子にはそれなりに情がある。

 いつの間にかパクスのことばかりを考えていると、視界の端でクルムがごそごそと動き出したのが見えて、再び横目で様子をうかがった。

 

 クルムは首から下げた紐をひくと、片手で指輪を握り、紐の結び目をほどき始めた。

 

「……何をしておるんじゃ」

「別に味方してくださらないのは結構ですが、あちらの味方をするのもどうかと思います。一応あちらは元教え子、私は現役ですよ」

「ふむ……」

 

 分かったような分からないような顔をしていると、クルムはため息をついて「もういいです」と言いながら紐を片手でぷらりとぶら下げてグレイに見せた。

 

「これ、そもそもパクス商会の商品じゃありません。棚からとったように見えましたけど、元からどこかに隠してあったか、仕込んであったものですよ。粗悪な品物です。いつ何時ちぎれたっておかしくありませんよ」

「よう見とるのう」

 

 そういえばパクスは性格も悪かった。

 同じくして教えていた他の子に意地悪をしてよく泣かすので、グレイはその度拳骨を落としてやっていた。言い訳もうまいのが余計に腹が立つのだ。

 

 相変わらずである。

 

 わざわざ品質の保証されているパクス商会の物であるかのようにクルムに渡し、ほつれている部分を指で隠して手渡した。

 装着するところを見張っていたのは、商品の品質を確認させないためであるし、喋り続けていたのはクルムの気を紐からそらすためであった。

 クルムが違和感に気づけたのは、紐が肌に触れる感触である。

 

 確かな品質を保証するパクス商会だからこそ、紐一つとっても肌に触れたときに妙な感触がするというのは違和感であった。店を離れてから実際に指で触れてみれば、紐の状態が良くないことはすぐにわかる。

 

 早速仕掛けられたことに気づいたクルムは、完全に店から見えなくなるまで、静かに指輪を付け替える機会を待っていたのであった。

 紐を自分の荷物にしまいこみ、クルムはグレイを見上げる。

 

「しかし……、これも先生が一緒にいなければいただけなかった機会です。意図せずとはいえ、利用するような形になってしまい申し訳ありません」

「……まあ、これくらいは良かろう」

 

 今日のグレイは大人しい。

 ノスタルジックな気分に浸っていたのもあるが、単純に世間様に見られるときには立派なお鬚のお爺さんを演じているところがある。

 

 あと、昔の教え子が意地悪であることに、ほんの少しだけ、本当にちょぴっとだけ、悪いなと思っていた。自分が意地悪をする分にはともかく、自分の教え子同士が争っているのは、曲がりなりにも人を導いてきたものとしては、なんとなく気まずかったのだ。

 

 グレイは王族が関わったり、直接害が及んでくるとちょっとリミッターが外れるが、平常時はこんなものだ。

 

 クルムは張り合いのないグレイを薄気味悪く思いながら、指輪を自分がつけていたネックレスに通して再び首元に装着した。

 パクスに会うということで一応それなりの装飾品を身につけてきていたので、自室へ戻るまでは一先ずこのままにしておくつもりだ。

 

 粗悪な紐は一か月後パクスに指輪を見せに行くときに使うつもりである。

 もちろんお前の目論見はお見通しだという皮肉を込めてのことなので、こちらもやっぱり性格がいいわけではない。

 

 そんなわけで、ひとまず大仕事を終えたクルムは、少しばかり気を緩めたまま王宮の門をくぐることとなったのだった。

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