転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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親とか師とか、子とか弟子とか

 パクスはそれなりに長く黙り込んでいたが、やがて小さくため息をついた。

 皆まで説明するつもりなどない。

 ただパクスは、異なる価値観や知識の有無が、決定的な失敗につながることをよく知っている。

 だから自分の過去をつまびらかにすることはしなくとも、必要なことだけは教えてやろうと考えた。

 

「貧民街には親を知らず、自分の名すら持たぬ者がいます。彼らの多くは自分の利益に対して敏感ですが、それ以上に不利益に対しても敏感です。関わるのならばまず、与え過ぎず、何も奪わぬようにするべきでしょう。一度与えて取り上げるのもとても良くない」

 

 彼らは何かを失った時、酷く攻撃的になる。

 それが正しいか正しくないかは関係ないのだ。

 自分が何かを失い、それの原因となったものを恨む。

 貧民街に住んでいる者たち全員が悪人だというわけではなく、単純にそうすることで感情をコントロールしているのだ。

 偽りなく判断するのではなく、自分の都合よく物事を判断することこそが、彼らにとって正解なのだから仕方がない。それは無知からくる処世術であり、躊躇っている暇などない貧民街で生きていくために必要な技術のようなものですらあった。

 悪いのは貧しさだ。

 住処の、金の、心の、時間の、知識の貧しさだ。

 その全てを与えることは難しいが、環境さえ用意してやれば、順を追って補完していってやることは可能だ。

 

 クルムがまず、闇市の四天王を味方につけたのは正しいやり方であっただろう。

 もしクルムのみで貧民街を何とかする場合には、人がたくさんいる場所で演説をぶつ必要がある。その演説は、貧民街の住民に聞かせるために、希望にあふれたものになっていたことだろう。

 そしてきっと住人たちは近いうちに、クルムの言葉が嘘だったと非難するようになる。

 

 仮にも長いこと闇市を仕切ってきた四天王であれば、住民たちの心をうまい具合に操作して拇印への協力を促すことだろう。内容など二の次だ。まずは証拠さえ揃えばいい。

 まずは何より住処を奪われることを避けるためだと、それだけ伝えて協力させればいい。それ以上はやりすぎなくらいだ。

 パクスはそのことを身をもってよく知っているから、嫌な記憶を思い出させられたことに対する嫌がらせも兼ねて、たまたまクルムのやり方が正解であったことを嫌みたっぷりに褒めてやった。

 

 妹弟子は真面目な顔でパクスに礼を言いながら頷いていたが、内心ではイライラとしているのがまるわかりだ。

 パクスは尊敬すべき師のすぐそばにいるクルムのことが羨ましく、少しばかり嫌いである。だが、その賢さ、物分かりの良さ、そして腹芸がうまいところや、妹弟子であることを考慮すれば、それほど嫌いではない。

 その感情を上手に揺さぶることを、内心で少しばかり楽しみながら、大いにアドバイスをくれてやった。

 

 グレイはそれを咎めたりしないで、興味なさげに聞いているだけだ。

 どちらの肩も持たないあたり、相変わらず良い性格をした師匠である。

 昔はその態度を見て、兄弟弟子たちに嫉妬をしたりしたこともあった。

 自分こそがグレイに一番近しい者だと、こっそり喧嘩をしたこともあったが、流石にこの年になるとそこまで馬鹿げたことはしない。

 しかしまあ、父とも思うような師であるグレイとずっと一緒にいて、楽しそうに過ごしているのだから、少しくらいの嫌がらせはする。

 パクスがこの意地悪がクルムを成長させていると確信しているし、単純にすっきりとした気持ちになるのでやめるつもりはなかった。

 パクスもまた、間違いなく、自己正当化が得意な貧民街出身の男であった。

 それはそうと、現実の認識を誤ったりすることはあり得ないが。

 

 話を終えて随分とすっきりしたところで、パクスはクルムのことを見送りに店の前まで顔を出してやる。

 クルムは表面上は穏やかな顔で、丁寧にパクスに礼を言って立ち去ろうとしていた。それがパクスにはまた面白い。

 そしてふと一つ忠告を忘れたことを思い出してパクスは口を開く。

 

「噂には気を配った方がいいのですが……、お忙しいでしょうからこちらで様子を見ておきましょう。何かあったら連絡させていただきます」

「ありがとうございます。私の方でも気にしておくことにします」

「それがいいでしょう。では、身の回りには十分お気をつけて」

 

 クルムの姿が見えなくなると、パクスは見送りに出てきていたヒューレを連れて店の中へ引っ込む。

 パクスは息子のヒューレを、クルムに負けず劣らず敏い子だと評価しているが、どうにも困ったことに、クルムをやたらと気に入っていそうな気配を感じている。

 分からなくはないのだ。

 同年代でヒューレとまともに会話が続く者などほとんど存在しない。

 あれだけ優秀な少女であれば、話をするだけで楽しいに決まっていた。

 

 ただ、もしクルムの全てがうまくいった場合、その伴侶は王配だ。

 どちらもまだまだ本気で恋なんてしそうにないが、この先どうなっていくかは心配である。

 

 同時にパクスは、もし二人がそんな関係になったならば面白いとも思う。

 

 ヒューレは、パクスが貧民街で拾ってきた子だ。

 事業がある程度軌道に乗り、グレイに報告すべきかどうか迷いながら貧民街を訪れた際に、少女を亡くしたその場所で拾ってきた子である。だからグレイに『子供ができたなら言わんかい』と言われた時、パクスは少しだけ返答を迷ったのだ。

 運命を感じて、自分がグレイに育てられたように、子供を育ててみようと思った、なんてグレイ本人に伝える気などなかった。

 

 しっかりと愛情をもって、それでいて厳しく育ててきたつもりだ。

 察しの良いヒューレは既に、パクスと自分の血がつながっていないことを知っている。それでもヒューレは変わらずパクスのことを『父上』と呼ぶし、パクスもヒューレを間違いなく自分の息子と思っている。

 

 もしクルムがヒューレと結婚すれば、父も母も知らぬ貧民街出身の王配の誕生である。パクスは二人の関係を自分の権力と結び付けようなどという気はさらさらないが、それはなんだかやはり、奇妙で面白いように思えた。

 

「父上、今日は機嫌が良さそうですね」

「そうでもない。昔のことを思い出して少しばかり嫌な気分になったくらいだ」

「そうですか」

 

 ヒューレは納得していないがそれ以上何も言わなかった。

 口角が上がっている父の横顔を見上げて、珍しく楽しいことを考えているのだから、邪魔しないでやろうと思ったのだ。

 実に賢く、父親想いの息子であった。

 

 




うぃうぃ300話!

なんかたまには評価と下さいとか言ってもいいのでは?
うおおお、折角書いてるんだからたくさんの人に見てもらいたい!
因みに70万文字くらいになったようです。
継続は文字数なり。
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