転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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じっくりと反論

 その場にいる全員の視線がクルムに集まった。

 睨み返すわけでもなく、挑発するでもなく、ゆるりと、できるだけ自然に話を進める。

 この場には味方もいるが、だからこそ余計に失敗をするわけにはいかない。

 頼りにならないと思われてはならない。

 味方は、あくまでクルムに期待をするから味方なのだ。

 失敗すればファンファは不安に思うであろうし、ハップスは『やはり自分が』となるかもしれないし、ルミネだってあれだけ強かならば今からでも巻き返しを狙う可能性はある。

 大事な場面で失敗するのであれば、クルムの背中を押して、あるいは歩調を合わせて、一緒に歩んでくれたりはしない。

 それをしてくれるのは、きっと精々ウェスカと……、グレイくらいだ。

 クルムはそれをよく理解している。

 

「人は財です。働き手が増えれば増えるほど、当然王都は豊かになります。現在貧民街に暮らす人の数はおよそ一万。王都の人口の一割にも迫る勢いです。それを利用しないどころか、武力をぶつけてしまえば、互いに消耗するばかりです」

 

 クルムが最初の意見を述べれば、ルアーノは特に反応も示さずにしばらく黙り込む。クルムの心臓はその間もずっとバクバクと動いていたが、表面上は涼やかなままだ。

 少し時間を置いてから、ルアーノは口を開く。

 

「軍を差し向けるか、取り込むか。他の意見のある者は?」

 

 今度はルアーノが順番に列席者の顔を見ていくが、誰も手を挙げる者はいなかった。そこでルアーノはさらに続ける。

 

「では、その二つで自由に意見を述べ合うと良い」

 

 やはり本人からは、この時点でどう思っているかという言葉は一切なかった。

 王は全てを聞いて、そして最後に判断をする気のようだ。

 クルムが静かにしていることで、議論の口火を切ることになったのはヘグニであった。

 

 

「人は財。言いえて妙であるかもしれんが、それはあくまで国に所属し、貢献し、素直に税を納めている者にこそ当てはまる。そうでない貧民街の住人を庇ったところで意味はない」

 

 ヘグニは明らかにクルムに向けて話をしながらも、視線はルアーノの方に向いている。話すべき相手はお前じゃない、という意志を強く感じる姿勢であった。

 

「仰る通りです。ではそのように働いていただこうというのが、私の案でございます」

 

 クルムは必要以上に多くを語らない。

 あえてヘグニの言葉に対して反論のみを突き付ける形で議論を進める。

 

「そうしないからこそ堕落し、盗み、奪い、殺し、あの場所で暮らしているのだ。そこに理想を語る意味などない」

「いいえ。彼らの中にも働けるのであれば働きたいと願う者はいるでしょう。しかし、貧民街に生まれ、貧民街に育った者には、そのための道がございません。必要なのは適切な教育と、貧民街の住人でも働くことができる場です」

 

 クルムは知っている。

 一部の貧民街の住人には希望がなかっただけだと。

 事実、グレイはその中から綺羅星のごとき子供たちを育て、世に送り出している。

 ヘグニはあまり貧民街のことを調べていないようだ。

 調べるまでもないと思っていたのだろう。

 イメージで語っているようなので反論はさほど難しくない。

 

「そもそも……、今回の話は〈万年祭〉までに貧民街の区画を整理したいというのが始まりの話であったはずだ。お前が言っているのは根本的な改善の話だ。半年の内に貧民街の土地を明け渡させたうえ、その上を整備する必要があるのだぞ。こちらがいくら譲歩したところで、教養のない奴らが話を聞くとは思えん」

「陛下の偉業によって、王家の威信は貧民街の隅々まで広がっております。あれ以降、貧民街が大人しくなっているのはヘグニお兄様も前に認めた通りでございます。彼らも、焼き払われるくらいならば、素直に土地から立ち退くことでしょう」

 

 ヘグニは不愉快そうに眉間に皺を寄せ、ついにクルムを睨みつけた。

 

「まるで貧民街の住人に、統一した意志があるかのような言い方だな」

 

 ここまでほぼすべてクルムの思い通りの流れだ。

 近頃のヘグニには、あまりに敵がいなかった。

 クルムなど、いくら力をつけたところで、所詮眼中にはなかったのだろう。

 まさか反対意見があるとは思わぬ中でよく戦っているほうだ。

 取り乱すことも一切ない。

 

「統一した意志がある、とまでは申しません。ただ、今の貧民街は東西南北に分かれており、それぞれがゆるりとした結束をしております。そこに話を持っていけば、一部の住民を除いて話は通ります。またその一部の住民も、同じ地域に暮らしている以上、その決定に逆らうことは難しいでしょう」

「それが机上の空論でなければいいのだがな」

 

 言うこともなくなったのか、ヘグニが鼻で笑いながらクルムの意見を馬鹿にしたところで、クルムは穏やかに微笑んでいた表情を更に緩め、足元に置いてあった紙の束を持ち上げて、どさりとテーブルの上に乗せる。

 

「貧民街の住人、およそ七千人分の印です。この件を私にお任せいただき、予算をいただければ、きっと陛下のお眼鏡にかなう街の再開発をしてみせましょう」

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