転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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元気な爺は一人じゃない

 希望のある未来を見せるだけでは付け込まれる。

 それを理解したクルムの対応は早かった。

 

 指名手配犯たちへの尋問で、彼らに対して余計なことを吹き込んだ者の姿を特定し、治安を乱したものとして新たに騎士団から指名手配をかけてもらう。

 それから各地域の四天王に、治安の強化のための布告を頼む。

 この事業は貧民街の住人が健全に暮らせるための、国を挙げての施策であり、妨害をする者には厳罰がある、と。

 これは別にクルムが新たな制度を公布したわけではなく、元々あったものを改めて貧民街の住民に知らしめただけだ。

 

 加えて、指名手配犯の確保に協力した者には報奨金を払うという新たな制度を設けた。これは治安維持を図りたいと考える王女クルムが、個人的に基金を用意して、主に貧民街のみに絞って、話を広めたものである。

 あくまで国が発したものではないが、前者の者と同時に噂を流したので、貧民街の住人はそうは思わないだろう。

 しっかりと報奨金を払う準備はあるので、存分に協力してもらいたいところである。

 ちなみに報告先として、立ち退きの現場にファンファの部下である冒険者を雇って駐屯させている。

 ちなみに先日仲間に引き入れた隣国の冒険者にも、日中ここで働いてもらっている。

 できるだけ手練れをたくさん配備して、もし襲ってくれば返り討ちにしてやろうという計画もあったのだが、流石に姿を現すことはなかった。

 近くでは常に騎士が巡回しているし、いくら貧民街の住民であるとはいえ、目が多数あるところで暗殺は難しいのだろう。

 

 こんな調子で新たな体制を作り上げて数日。

 特に問題なく作業が進んでおり、放火やストライキなどの妨害も一切見られないようになった。

 かなり圧力をかけた形になるので、評判に関して心配していたクルムであったが、今のところは聞こえてきていない。

 多少そういった意見が出たとしても、妨害されるよりはましだ。

 クルムはもちろん受け入れる覚悟はできている。

 

 気になることが一点あるとすれば、パクスの資材調達が、予定していた通りさっぱり進んでいない点だ。

 元々ぎりぎりまで我慢をするという話であったし、打っている手についても聞かされている。基本的には全て裏で動くようなことなので、いちいちパクスに進捗を聞きに行かないクルムとしては、どうしても多少の不安は残る。

 

 そんな不安を残しながらも、建設開始まであと数日となったある日。

 クルムが西の貧民街の様子を見るために足を運ぶと、現場が何やら騒がしくなっていた。

 

「……何かあったのでしょうか」

「どうせ喧嘩じゃろ」

 

 グレイがどうでも良さそうに答える。

 西の現場はブルトンが管理しているものだから、なんというか、血の気の多い者が多い。決定的な悪事は働かないのだが、急いで駆けつけると口論から喧嘩に発展しただけだった、なんてことはざらであった。

 毎度注意だけはするのだが、男くさい連中にとってはクルムに小言を言われるのもなんだか楽しいようで、あまり効果がない。

 クルムもそれが分かってからは、グレイから注意してもらおうと掛け合ってみたのだが『好きにさせておけ』と言われて手を貸してくれなかったのだ。

 

「どうしてあんなに喧嘩っ早いんでしょうか」

「普通じゃろ」

「普通じゃないです」

 

 普通は仲のいい相手と殴り合いの喧嘩なんかしないものだ、とクルムは思うのだが、グレイの場合は本当に普通のことだと思っている節がある。

 本人からして仲のいい相手と普通に殴り合いをするので、それはもう仕方がないのかもしれない。価値観の違いである。

 

 そんなことを考えながら辿り着いた現場は、いつもと違って空気が重たかった。

 貧民街の住民たちは壁際に避難しており、ヤジが飛んでいるというよりも、ざわついているといった雰囲気だ。

 

「すみません、通してください」

 

 クルムが声をかければ道は開くが、皆怯えたような表情をしているのが心配だ。

 急ぎ何が起こっているか見える場所まで出たところで、グレイがクルムの襟首をつかんでひょいっと持ち上げ、ぶっ飛んできた塊を足で受け止める。

 

「ぐ、ぐあぁ……、くそがぁ……」

 

 持ち上げられたことも驚いたが、その塊を見てクルムは目を見張った。

 転がってきたのが、西区画では敵なしのはずのブルトンであったからだ。

 ブルトンはすぐに跳ね上がるように立ち上がると、猛烈な勢いで飛んできた方へ突進するように戻っていく。

 一体相手は誰なのか。

 持ち上げられたままのクルムがブルトンの向かう先を見ると、そこには禿頭の筋肉ダルマが立っていた。

 

「わはっ、わははははは、こんなところにも歯ごたえのあるやつがおるではないか! 名を名乗れぇい!」

 

 グレイを上回る背丈。

 グレイを上回る体の分厚さ。

 高笑いと共に魔物を素手で殴り殺すことのできるこの老人のことを、部下たちは親しみをたっぷりと込めて陰でこんなふうに囁く。

 【恐怖の拳骨】【実は魔物】【頼むから早く弱ってくれ】

 

 そんな部下に大人気の人望にあふれるこの男の名はラウンド。

 グレイに真正面から幾度も殴り合いの喧嘩を挑んで未だ五体満足である、【要塞軍】の大将であった。

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