ケルンはいらだっていた。
王都で暮らす貴族派閥の会合の参加者が減り、その数少ない参加者も、どこか上の空というか、自分を侮るような視線を向けてくるのだ。
ケルンは自分で何かをしようという気があまりなかったが、自己研鑽は続けてきたし、王子という地位に関してはプライドを持って生きていた。
だからこそ、他人から向けられる感情に関して敏感だ。
このままではいけない。
しかし何をどうしたらいいのかが分からない。
貴族たちに言われるがままに、現王に意見を述べ、それらしくあるように行事をそつなくこなして生きてきた。いずれは貴族たちが自分を押し上げてくれるものだと信じて疑わなかった。
彼らはケルンに対して、他勢力に対する過小評価を吹き込み、自勢力の強大さを嘯いてきた。幻想の檻の中で育ったケルンの目は曇り、何かをするにはあまりに足元がおぼつかなかった。
強い支援者であったはずのバッハ侯爵家は、モーリスが後を継いでから一度も顔を見せていない。それどころか、自分の知らないところで同じ勢力の貴族たちを集めてひそひそと何か会合をしているらしい。
すっかりクルムの勢力に取り入れられたことは、ケルンにもよく分かっていた。
そのせいで、バッハ侯爵が生きていた頃には黙っていても入ってきた情報が、何も入ってこない。もちろん、当時から虚実入り混じった情報を吹き込まれていたのだけれど。
ケルンも価値観や現実を見る目が狂わされているだけで、大馬鹿者ではないから、これらの中心にいるのがクルムであることには何となく気が付いている。
前に行われた会議では、他の候補を差し置いて、ケルンが目を合わせることすら避けている長兄のヘグニに対して、真っ向から反論していた。
クルムはケルンと話をする時にはいつも、曖昧に笑って誇りのかけらもないような誤魔化しばかりしていたはずだった。
少し前に声をかけた時も、面倒くさいファンファに守られていただけだったはずだった。
そのはずなのに、ケルンは堂々とヘグニに反抗したクルムの姿を見て、思わず目をそらしてしまった。それが悔しくて悔しくて、これまで考えないようにしてきていたが、もう限界だった。
誇りを取り戻すためには、もう一度クルムと真正面から話をする必要がある。
そんな理由で、ケルンはわざわざクルムの動きを探り、貴族から借りた私兵を数名引き連れ、王宮の入り口でその帰りを待っていた。
昼過ぎ頃、偵察のために出していた兵士が慌てた様子で戻ってくる。
「く、クルム様が戻ってきました。た、ただ、その……」
「いくぞ」
報告をすべて聞く前に、ケルンは私兵を連れて歩き出す。
王宮の外で話をつけるつもりであった。
いつも一緒にいる気味の悪い巨大な老人に対抗するため、左右に特別体格の良い兵士を並べ歩みを進めたケルンは、ほんの十数秒で真正面からクルムと向き合うことになった。
気味の悪い老人と、それよりもっとでかい老人と、そして極めて人相が悪く、一方でガタイが良く、装備の整った兵士の集団を付き従えたクルムと。
ケルンは自分の左右と背後をちらりと確認し、明らかにその威容が劣っていると感じて表情を曇らせる。
それでもここまで来たらもはや引くわけにはいかない。
「……クルムか。見たこともない兵士を随分と連れているようだな。まさかそのような下賤な者たちを王宮へ入れるつもりか?」
「こちらは……」
「なんだ、このクソガキは」
クルムが答える前に、ずいっとラウンドが歩み出た。
普通派閥の長を優先すべきところだが、その人生の大半を化け物みたいな人間か、化け物そのものである魔物と殴り合って生きてきたラウンドにそんな常識が通用するわけがない。
グレイの方がまだ理屈っぽい分、物分かりがいいまである。
「どけ、邪魔だ」
ケルンの両サイドに控えていた、護衛を任されている兵士が前に出てくると、ラウンドは威圧的にその兵士たちに命令しつつ、そのまま近づこうとする。
まさか街中で剣を抜くわけにもいかず、至近距離まで近づかれてしまったところで、ラウンドは二人の兵士を見下ろしながら、再び口を開いた。
「どけと言っておる。今、お前らの主が、俺の部下を下賤な民と馬鹿にした。確かにやつらはろくでもない馬鹿共だったが、この国のために命を張って戦っている馬鹿共だ。王都でぬくぬくしているどんな奴らにも馬鹿にされるいわれはない」
至近距離で向き合うと、ラウンドの威圧感は半端なものではない。
背丈では相当恵まれているはずの二人の兵士も、逃げ出さずにその場に立っているのがやっとであった。
「もう一度言うぞ、どけ」
「……ケルンのお兄様。こちらは〈要塞軍〉の大将を務めていらっしゃいます、ラウンド様です。そしてこちらの皆様は……」
「クルム王女よ、これはこの小僧と俺たちの話だ。俺が話をつける」
「……ラウンド様、そちらは私の兄ですので」
「知ったことではない」
いくら外の世界のことを知らぬケルンと言えど、この国にある王都の騎士団以外の軍事力である〈要塞軍〉については多少知っている。
曰く金食い虫、流刑地、犯罪者の温床などと言われているが、その大将が爵位を持った人物であることも知っていた。
そして何より、クルムの言葉を遮ってまで圧をかけてくる、この見たこともないほどに肥大した筋肉を持つ老人が、まともに話が通じるようにケルンには思えなかった。
「知らずとはいえ……」
声を震わせながら喋りはじめたところで、筋肉老人ラウンドが大喝する。
「何も聞こえん! 顔を見せてはっきりしゃきしゃき話さんか!!」
人に怒鳴られたことなど生まれてこの方一度もないケルンは、表情をひきつらせて、瞼に涙をためることになるのだった。