転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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訓練は本番のように

 〈要塞軍〉の訓練風景はすさまじかった。

 兵士たちは騎士団から各々得意な練習用の得物を借りてラウンドの前に立つ。

 騎士たちも珍しいものだと訓練を見物し始めたが、ラウンドを取りかこむ兵士たちの一人一人がそれぞれ、とても訓練とは思えぬほどに殺気立っているのを見て、次第に不安を募らせていく。

 兵士の反乱による公開処刑など見たくない。

 対するラウンドは武器を持たず、仁王立ちして堂々と準備が終わるのを待っていた。明らかにその大きさと体の分厚さは他を圧倒しているが、それでも老人であることには変わりない。

 

 同様の懸念を持ったハップスが、クルムに声をかける。

 

「これは……大丈夫なのか?」

 

 一方で訓練や命懸けの殺し合いにそれほど詳しくないクルムは、今の光景を見ても以前〈リガルド〉で見た時よりも、少しばかりピリついているか、くらいにしか感じない。

 それは当然のことで、あの時も見る者が見れば非常に殺気立った手合わせであったのだ。ただ単純にクルムがそれを察知する能力がまだ身についていなかったからだ。

 今の光景が前よりピリついて見えるのは、単純にクルムが危険な場所にたくさん立ち合ったことで、戦場の雰囲気を察知する能力が上がったからである。

 

「大丈夫だと思いますが」

 

 妹の確信のない返答はハップスの不安をあおるだけだった。

 では実際のところはどうなのかというと、当然この光景はいつもと変わらぬ訓練風景である。

 もともとラウンドは、訓練中に自分を殺せれば、そいつが大将になればいいと言ってるし、殺し合いのつもりでやらない訓練など意味がないとも公言している。

 つまり、ラウンドは兵士を殺すことはないが、兵士に殺される覚悟はいつでも持って手合わせに臨んでいるのだ。

 兵士たちも下手に手を抜けば、後で酷く叱責されることを知っている。

 どうしたって殺伐とした雰囲気が出来上がるに決まっている。

 

 これは裏を返せばつまり、ラウンドがそれだけ圧倒的な強さを誇っているという証明でもあった。

 

 手合わせが始まる。

 突然手合わせを提案された兵士たちは、もちろんそれぞれ示し合わせたわけでもないのに、勝手に連携を取ってラウンドに襲い掛かっていく。

 その瞬間ハップスや騎士たちには、ラウンドの体が二回りほど大きくなったように見えた。 

 ラウンドは避けられる攻撃は避け、受けられる攻撃は受けながら、着実に一人ずつ戦闘不能にしていく。一度武器を取り落とした者、地面に這いつくばった者は死に体として復帰は不可。

 意識のある者は這いずりながら渦中から離脱していく。

 

「凄まじいな……」

 

 ハップスがぽつりとつぶやく。

 それ以外の言葉が見当たらなかった。

 そもそも訓練用の武器とはいえ、彼らが使っている物は、刃がないだけで重さなどは本物と変わらないのだ。普通頭部で受ければ致命傷になるし、体で受ければ骨が折れる代物である。

 それを当たり前のようにはじき返す鋼の肉体は、どのように作られているのか、騎士たちもいつのまにやら完全に目が釘付けにされていた。

 

「何を、これは……」

 

 一方でケルンもまた言葉を失っていた。

 最初の兵士たちの殺気などはもちろん感じ取れていなかったが、それぞれが動き出せばその練度の高さは分かる。

 十分に人を殺しうる一撃が一斉にラウンドに襲い掛かった時など、ざまぁみろと思う前に思わず目を閉じてしまいそうになったほどだ。

 それを当たり前のようにはねのけ、五体だけで兵士たちを蹂躙していくラウンドを見た時は、悪い夢でも見ているような気分になった。

 

「おい、お前、あいつらに勝てるか……?」

 

 ケルンはすぐ近くにいる、体つきのしっかりした兵士に尋ねる。

 兵士はその質問に悔しそうに歯を食いしばりながらも、ラウンドの動きを目に焼き付けるように見つめながら、小さく、そして素早く首を横に振った。

 男は貴族の私兵であるが、自分の強さに自信を持っていた。

 そんな男はどうしたって、他を圧倒する男を見れば、どんなに悔しくても憧れてしまう。

 どうして自分がああでないのか、どうしたらああなれるのかと思ってしまう。

 

「相変わらず元気な爺じゃな」

「先生は同い年でしょう」

 

 そんな中、平然と会話をするのは、グレイとクルムの師弟だ。

 グレイは殴り合いでもラウンドに勝利する自信があるし、クルムはそもそもグレイやラウンドといった逸脱した存在と張り合おうという気がない。

 どう考えたって自分の土俵ではない場所で人と競うのは愚かなことである。

 

 しかしケルンは違った。

 最近感じていた自分の力のなさ、誰もが本当は自分を見ていないという感覚。

 それらしく振る舞う事こそが王族としての在り方だと思っていた。

 それらしく振舞える程度には学び、鍛えてきたつもりだった。

 これまでやってきたその全てが、まるで子供の遊びのように思えてしまったのだ。

 

 ケルンとて王族である前に、男である。

 あんな風に強ければ、何かが違ったのではないか。

 強くなれば何か変わるのではないか、何か変わったのではないか。

 それが修羅の道であることを知っていながら、ケルンもまた、ラウンドの暴れっぷりから目を離せなくなっていた。

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