転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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間一髪

「……私のことは良いでしょう。ジグラ兄上こそ何か用事があったのでは?」

 

 関わりたくない。

 しかし、媚びへつらうつもりもない。

 これまで接触を避けてきたケルンであったが、今日は堂々と問い返した。

 

「調べたところによると、気付けばクルムは随分と手を広げているようで。ケルンもそれを懸念して声をかけにいったのでしょう?」

「そうです。……それで、ご用件は」

 

 三度目の同じ質問だ。

 のらりくらりと話を躱そうとしているジグラに合わせて話をするつもりはない。

 ケルンは変わった貴族や、ファンファやラウンドのようなよく分からない反応をしてくる者たちは苦手だが、ジグラのような当たり前の駆け引きをしてくる者に対しては、割と普通の対応ができる。

 得意不得意というのはあるものだ。

 

「やれやれ、雑談にも付き合ってくれないんだね」

 

 ジグラも自分が歓迎されていないことに気付いたのか、探りを入れることを諦めたようでつまらなさそうな顔をした。

 

「なら本題に入るけど、君、今、自分の力だけでヘグニ兄上の勢力に勝てると思ってる?」

「……ジグラ兄上こそどうなのですか」

 

 ケルンはとにかく慎重な発言を心掛ける。

 ジグラの言葉のどこに罠が仕掛けられているか分かったものではない。

 

「勝てないね。色々と考えてるけど、正面から何とかできる相手じゃない。陛下だって形式上王位継承争いをさせているだけでしょ」

「流石にそれはないでしょう。力を持った候補者を無視することはできないはずです」

「うん。で、君や僕は、その力を持っているの?」

 

 持っていない。

 そんなことは分かっていても、ケルンは黙り込んで答えなかった。

 そんなケルンの反応を見て、ジグラはわざとらしくため息を吐いた。

 

「もう少し、話の分かる方だと思っていたんだけどな。僕たちには共通の敵がいる。候補者が残り二人に絞られるまで、手を組まないかなって話をしに来たんだけど」

 

 ケルンはしばし黙って考える。

 少し前までの、それこそ今朝までのケルンであれば、それほど悩むこともなく手を取っていたことだろう。

 根拠のない自信と、最大限警戒すべきであるジグラが自分を対等に見ている、という思い上がりによってだ。

 

 しかし丁度今日、プライドをへし折られ、無理やりに現実を叩きつけられたケルンは気が進まなかった。

 今のクルムの勢力から見れば、ケルンが持つ力というのは大したものではない。

 もちろんそれはヘグニと比べるまでもないし、こうして誘いに来ているジグラだって、自分が知らないだけで自分以上の力を隠し持っているのだろうと疑っている。

 

「いえ、私は自らの力で王になれぬのならば、王を目指しません」

 

 ジグラは自分を利用している。

 そう確信したケルンは、ジグラの誘いを断った。

 

「一時的に手を組むだけだよ。最後には僕らで正々堂々と戦うことになる」

「お誘いはありがたいですが、お断りします」

 

 ケルンは内心で、『何が正々堂々だ』と思う。

 暗殺、謀殺、裏切りはジグラの得意技だと、貴族……、今は亡きバッハ侯爵から聞かされてきたことだ。

 ケルンはプライドが高く、人を見下すことはしたが、暗殺のような卑怯な真似は大嫌いだった。

 正々堂々というのは、昼間のラウンドのようなことを言うのだ。

 

「……そう。もしかして、昼間にクルムに会って何か吹き込まれでもした?」

「いえ、何も」

「クルムは君の派閥貴族を随分と横取りしているようだけれど、腹が立たないのかな」

「腹は立ちます。ただ、それは己の力不足のせいもあります」

 

 ジグラの挑発に、これもまた今日掘り起こされたばかりの、心の奥底に眠っていた言葉をケルンは反射的に言い返す。

 そうして言葉にしたことで、確かに自分が力不足であるからこそ、貴族の裏切りが発生したことを改めて自覚して密かに落ち込んだ。

 

「……話はそれだけ。気が変わったらいつでも訪ねてきてよ」

「ありがとうございます。随分とお待ちいただいたのに、色よい返事ができず、申し訳ございません」

「残念だね」

 

 どうあがいてもケルンを攻略することが難しいと悟ったジグラは、さっさと撤収することを決めた。

 使えない以上は、余計な情報を与える必要もない。

 ジグラの分析によれば、プライドが高いくせに臆病な部分のあるケルンであれば、うまく使えばクルムの陣営をかき回すことができるはずだった。

 だが、ここ数日でケルンの心境に何らかの変化が起こってしまったらしいと、ジグラは話している途中で気が付いた。

 

 妙にさっぱりとしている。

 自分だけが頑張っている、とでも言いたげな、世の中全てに不満がありそうな表情も鳴りを潜めていた。

 

 朗らかな表情のまま廊下に出て、護衛と共にしばらく進んだところで、ジグラは顔に貼り付けていた笑みを消した。

 

 近頃色々なことが上手くいかない。

 最後の最後で決着をつけるために暗躍し続けてきたというのに、ここに至ってクルムのような年下の王女が頭角を現してくるのは想定外であった。

 

 ジグラとしてはどうせこのままクルムとヘグニの派閥がぶつかれば、ヘグニが勝つに決まっていると思っている。

 ただ、そうなってしまえば、ジグラだってヘグニに勝利することは難しくなる。

 これまで立ててきた作戦が大きく狂ってきている以上、ジグラだって多少の無茶をしようと、怪しまれようと、今動くしかないのだ。

 実はジグラだって、外に見せる顔ほど余裕を持っているわけではないのである。

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