転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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複雑な心

「問題、解決してしまいましたね」

 

 モーリスと共に改めてケルンの持ってきたリストを確認したところ、確かにケルンが言った通り、不器用で真面目な貴族たちの名前が連ねられていた。

 もしケルンがまだ王位継承争いを諦めていないのならば、この中に間者を紛れ込ますくらいはするのだろうけれど、継承者のナイフまで預けられてしまっては、信用する他ない。

 念のため預かったナイフもよくよく確認してみるが、模造品などではないように思えた。

 

 そもそもモーリスが相談にやってきたのは、このリストに載っているような貴族が、突然大挙してクルムへの顔つなぎを頼んできたからだ。

 裏で何かが起こっているに違いない、の裏の部分をケルンが全て説明してくれてしまった。

 

「……彼らが本当に、二心なく協力してくれるのならば、足りない手を借りることも難しくないでしょう。クルム様が自由に動ける時間も増えるのではないかと」

 

 渡りに船とはこのことなのであるが、その見極めには少しばかり時間がかかりそうである。

 

「……ここに記された貴族の方々には直接会ってみます。モーリス殿、手配をお願いできますか?」

「分かりました、すぐに。では、少々失礼します」

 

 ようやく家のことが落ち着いてきたらしいモーリスは、短く返事をすると部屋から立ち去って行った。

 今後は家のことをやりつつではあるが、少しずつクルムに手を貸してくれるようになるはずだ。

 ちなみにユゥバ家を引き継いだフルートの方は、まだまだ学ぶべきことだらけで、とてもじゃないがこちらの手伝いはできそうにないらしい。しかし、最初の出会いを考えればそれでも頑張っている方だろう。

 

「……想定外です。結果的に私にとっては良い方向に転がったとはいえ、気分は良くないですね」

「モーリスの父親が死んだ時点で、いつどうなってもおかしくない勢力ではあったのだろうな」

 

 グレイはモーリスの父である先代バッハ侯爵を、むかつくやつだと思いつつもそれなりに評価していた。

 言うなれば、ある程度実力がある筋の通った糞野郎、という認識である。

 だからこそ今のケルン陣営の崩壊が特段不思議だとは思わない。

 逆に、自分の派閥以外の崩壊の危険性などはあまり考慮していなかったクルムとしては、言葉の通り『想定外』の事態であったのだろう。

 

「ジグラお兄様も〈万年祭〉に向けて準備があったのでしばらく放っておいたけれど、手が空いてしまったのでついでに食い散らかした、といった具合でしょうか」

 

 クルムは悔しそうにつぶやく。

 考えてみればわかることなのだが、何せ自分のことで忙しかった。

 成長が著しいとはいえ、経験不足による視野の狭さが出た形である。

 

「分かっていたらどうしたというのだ」

「あらかじめケルンお兄様にそれを提示したうえで、こちらに付くように交渉を持ちかけました」

「聞かなかったと思うがのう」

「お兄様のラウンド様への執着を見る限り、そこまで分の悪い交渉ではなかったと思いますが」

 

 今のケルンならば、それも間違っていないだろう。

 男というのは無駄に意地っ張りで厄介なもので、年下の、それもこれまで馬鹿にしてきたクルムを相手に、先日の状況まで譲歩していた時点で、相当な歩み寄りであったはずだ。

 あの時点でクルムがどんな小賢しいことを言おうと、きっとケルンは聞かなかったであろうと思う。

 大切にしようと思っていた仲間を失い、力のなさを改めて思い知った今だからこそ、交渉の余地があっただけだ。

 むしろクルムが余計な交渉をしていた場合、『ほら見たことか』と思われるのが嫌で、場合によっては別の派閥に協力を求めていた可能性だってある。

 

「お主はあれじゃな。男心のわからん奴じゃな」

「……はい? 男心ですか?」

「そう、男心じゃ」

 

 クルムがじろりと睨み、グレイはにやにやとそれを受け止める。

 

「それはどうやって学ぶんです」

「経験じゃろうなぁ。その一点においてはもしかするとファンファの方が勝っておるかもしれん」

「ファンファお姉様のようになれって言うんですか?」

「あんなの二人もいらん」

 

 ファンファなど一人いてもやかましいのに、クルムまでそうなったらたまったものではない。そんなことになれば、グレイはすぐに田舎に引っ込む準備を始めるだろう。

 

「……先生こそ、女心とか分かるんですか?」

「お主よりは分かっておるじゃろうな」

 

 何せ長年生きている。

 この世界で恋だの愛だのを育むつもりはさらさらなかったが、前世では一応恋愛だってしたことがある。

 

「そうは思えませんが」

「ほう、言うではないか。しかしどちらにせよ儂は、女心など分からんでも困らんからな」

「なぜです」

「言うこと聞かないやつはぶん殴れば大体言うことを聞くからじゃ。お主はそれができんのだから、面倒くさい人の心とやらを、ちまちまと学んでいくべきじゃと言うておる」

 

 それは人の心を理解することを拒否した化け物の台詞ではないだろうかと、クルムは呆れた顔で目の前の筋肉老人を見つめた。

 

「先生のようにならないよう、しっかり学ぼうと思います」

「分からんでも困らん、と言っただけで、分からんとは言っておらんが?」

 

 いいえ、きっとわからないと思います。

 そんな言葉を飲み込みながら、クルムは「はいそうですね」と困った老人のたわ言を聞き流すのであった。

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