転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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嘘つき婆

 できるだけ人の通らない場所を通って移動した場所は、先ほどよりはましだけれどやはりぼろ屋だった。

 グレイは壁にかけてあった布を片手で床に広げると、その上にメナスを下ろす。

 

「いつ治る」

 

 ここまで乱暴な言葉と態度ばかりであったけれど、メナスはその言葉にグレイの根っこのところにある面倒見の良さを感じた。結局動けないメナスを救い出し、治るまでは様子を見てやろうとしているのだからお人好しだ。

 

「はて、先ほど立ち上がってみて初めて不調に気付いた。おそらく襲撃者が独自に混ぜ込んだ毒なのだろう。頭痛や吐き気や眠気とは別の方面で、全身の痺れがある。私の代謝を考えるにあと数日待って治らぬようなら、どうせこの先も治らぬだろう。そうなればもう放っておいて自由に過ごせばいい」

「いいから治せ」

「……治すとも。こんなことで冒険者を終わらせるのはつまらない」

 

 イライラした様子のグレイが、明らかに責任を感じているのが分かる。

 こんな人間であり、何やら命を狙われる事情を抱えているからこそ、これまで人と関わることを拒絶してきたのだろうと、メナスは超前向きにグレイという人間を解釈した。

 これは半分正解で半分間違いだ。

 半分間違っている部分には、グレイの八つ当たりがパンパンに詰め込まれている。

 

 メナスはしくじったなと思う。

 できることならこんな風に負担をかける形ではなく、普通に相手の事情が知りたかったのだ。かかわったことは後悔していなかったが、毒を体に受けたことは酷く後悔していた。

 

 そこからグレイは、ほとんどその家から離れずに最低限メナスの面倒を見た。

 メナスは眠っている時間も長かったが、目を覚ますたびにグレイに様々なことを問いかけた。多くの場合グレイは答えなかったけれど、二日目にもなると時折ぽつりぽつりと返事が戻ってくるようになる。

 

 グレイがよその国からやってきたこと。

 何か事件を起こして国を追われたこと。

 貴族や王族といった特権階級をひどく嫌っていること。

 分かったことはこれくらいなものだ。どちらかといえば、メナスの方が情報を開示することが圧倒的に多かった。

 

 メナスは毎日のように立ち上がって自由に動けるか試していたが、三日たっても改善の兆しは一切なかった。これが意味するところはすなわち、体内に毒が残っているのではなく、回った毒物が、体の根本的な部分を破壊した可能性があるということだ。

 メナスは八割方再び冒険者として生きていくことを諦めていた。

 それどころか、治ったふりをしてグレイを欺き、完全に連絡を断ってから、潔くどこかで命を絶つのが正しいのだろうと考えていた。

 だから、メナスは三日目からは体の具合と相談しながら、動かせる場所を無理やり動かし、グレイに対してだんだん良くなってきたと嘘を吐いた。

 グレイはそっけなく「さっさと治せ婆」と悪態をついてきていた。

 メナスもその都度「人で言えばまだグレイと同じくらいだ」と文句を言う。

 年齢を知ってからというもの婆呼ばわりしてくることに関してだけは、メナスも許していなかった。

 

 一週間。

 最初の関係の割には随分と長く、グレイはメナスの様子を見た。

 メナスも、しびれた体を動かすことに少しずつ慣れてきていた。

 元々一流の冒険者だ。

 体を無理やり一般人程度に動かすことくらいはできるようになっている。

 

「さて、体もすっかり良くなった」

 

 メナスはその日の朝、立ち上がって腕を大きく伸ばしながら復調をアピールした。

 グレイは相変わらず椅子に座って足を組み、不愉快そうにメナスを見ている。

 そして、メナスの動きを見ても何も言わなかった。

 

「随分と面倒を見てもらってしまった。礼をせねばならないな」

「いらねぇよ」

「そういうな。これでも冒険者としての蓄えはある方で……」

「いらねぇって言ってんだろうが!」

 

 グレイは突然いらだったかのようにボロボロのテーブルに平手を落として破壊し立ち上がる。

 

「あーあー、そういう短気なのは良くない。治した方が……」

 

 ずんずんと歩み寄ってくるグレイを見ないようにしながら、八つ当たりについて注意をしていると、グレイはそのままメナスの首を掴んだ。

 伸びてくる腕に気付いていながら、メナスは動くことができなかった。

 元からこうと決めた以外の動きを咄嗟にすることは難しいのだ。

 

 

「病み上がりの身に何をする」

「何でよけなかった」

「一週間も守ってくれた相手が、私を殺すはずもないという信頼かな」

 

 ばれているかもしれないと思いながら、メナスは笑う。

 

「ざけんじゃねぇぞ婆」

「ふざけていないし、婆でもない。気に食わないことがあるなら、もうどこへでも行ったらどうだ。私もこの一週間仲良くなろうと努力してきたつもりだが、流石にそろそろ、お前のような口の悪い乱暴者にはうんざりだ」

 

 メナスは少しばかり首が締まったのを感じたが、精々腹を立ててそのままいなくなればいいと思って、更に挑発的に、グレイを見下すように笑った。

 グレイはメナスの内心を探るように目をそらさない。

 

「お前のような短絡的で愚かな乱暴者が国から追放されるのは当たり前のことだな」

「馬鹿が」

 

 眉間の皺が増え、一瞬メナスの首がさらに締まる。

 このまま気に食わない女を演じて殺された方がいいのではないか、なんて考えが一瞬頭によぎったメナスであったが、すぐにその締め付けが緩んだ。

 グレイは舌打ちを一つするとメナスの首から手を放し、表情を怒りにゆがめたまま小屋からいなくなった。流石に呆れられたかと、メナスは小さくため息をついて掴まれていた首のあたりをさする。

 折角面白そうな男に出会ったというのに、ここで冒険者生命が終わるのはとても残念なことだった。

 しかしまぁそれでも、冒険者としては格段に長生きをした方である。

 最後に面白い男に出会えたと、メナスは自分に言い聞かせながら、ゆっくりと小屋から出ていく準備を始める。

 しゃがんで立ち上がるのにも一苦労だ。

 大した荷物はない。

 いくつかの私物を取りあげ、まごつきながらも細剣を腰のベルトに取り付け、壁に手を突きながらゆっくりと小屋の扉を開けると、目の前に怒り心頭のグレイが立っていた。

 

「なんだ、やはり腹が立って私を殺しにきたのか?」

「……てめぇ、体治ってねぇだろ」

「はは、何を言っているのだ。そんなわけないだろう」

 

 まずいと思いながらもメナスは笑った。

 グレイは手を伸ばすと、メナスの手首を掴んで、無理やり自分の背中に乗せた。

 演技が全部ばれていたのだと気づきながらもメナスは悪態をついた。

 

「治っていると言っているだろう。女性に乱暴をするのが君の趣味か?」

「黙れ婆。敬老精神発揮してやってんだよ」

「そんな殊勝なものを持ち合わせていたとは、意外だ」

「体が治ったら殺す」

「今でもいいぞ? 返り討ちにしてやろう」

「雑魚はいつ戦うか選ぶ権利なんかねぇんだよ。先に体治す」

 

 メナスは、もう何を言っても無駄だと悟った。

 

「馬鹿だなぁ、君は。生き辛そうだなぁ」

「黙れ婆」

「だから婆ではないと言ってるだろう」

 

 メナスの体が完全に復調するのはそれから一年と半年後。

 グレイが試練の塔とかいうよく分からない場所にある防御陣を突破し、そこで暮らす錬金術師たちを脅して伝説の秘薬の製法を聞き出し、その材料になる伝説の魔物を三体ほどぶち殺したのち、再度試練の塔へ戻ってさらに強化された防御陣を突破した上、また錬金術師たちをぶちのめして、監視のもと作らせた秘薬を飲んだ後のことであった。




冒険の旅は番外編で!!!!
ないです!!!
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