「私が知りたいのは……、グレイが突然姿をくらませた理由だ。ウィクトや私との付き合いもそれなりに長くなっていた。グレイを疎ましく思っている者も多少いたかもしれないが、それ以上に恩を感じている者だってたくさんいたはずだ」
「儂はもとより人と関わりたいと思っていなかった。頼りにされるのも鬱陶しかったし、責任を押し付けられるのもまっぴらごめんじゃった。あの冒険ではウィクトと冒険者ギルドに貸しを作りすぎた。だから面倒になっていなくなっただけじゃ」
グレイは目をそらして吐き捨てるようにそう言った。
クルムが聞いても嘘が混じっていると分かる言い訳。
本当のことを話すつもりはないようである。
「馬鹿な……、ならばきちんとそう言って引退すればいいだろう。お前が本当にそう思っていたのならば、きっと皆叶えようと動いたはずだ」
「どうだか。またどこぞの国へ移動して、冒険者としてやっていくのも良いかと思っていたが、いい加減年齢を考えると面倒になってな。というか、ウィクトの奴には、国にでも帰るかと話したことがあるんじゃがな」
これに関しては本当のことだ。
五十も半ばに差し掛かったし、引退して国にでも帰るかと、酒の席で何度か話したことがあった。なんとなく年齢やこの先のことを考えた時、そういえばもう追放期間の三十年も過ぎたなと思い出してしまったのだ。
長らく一緒にいたメナスには半端に事情を説明しており、国には帰らないと言っていたので、今更意見を翻したようでかっこ悪くて言わなかったけれど。
自分を追い出した国はどうなっているのか、死ぬ前に見ておくのもいいだろうと思ったのだ。
「なぜ私に詳しく話さなかった」
「儂は細々と暮らしていくつもりでいるのに、エルフの若作り婆が一緒に来たら目立つじゃろうが。その点ウィクトはわきまえておるからな」
「ぐっ……、なるほど。それでウィクトはハルシ王国を探していたのか……!」
「なんじゃ、あいつはあいつで探しとったのか」
まったく訪ねて来ないと腹を立てていた時期もあったが、先ほどのギルド長就任の経緯なども合わせて、ウィクトがちゃんと会いに来ようと捜索してくれていたとわかって、グレイはちょっとだけ機嫌が良かった。
「まるで私には見つかりたくなかったが、ウィクトには見つかっても良かった、みたいな言い方だな」
「お主ら情報共有しとらんかったのか?」
グレイはメナスの質問をスルーして尋ねる。
メナスに見つかると、王都で冒険者として活動し始めて、自動的に自分まで目立つ可能性があるので見つかりたくなかったのは本当だ。
いちいち言わなくてもさっき同じようなことを言ったばかりである。
「し、していた。私は各国を訪ねて直接探し、ウィクトはギルド本部からなかなか離れられないから、各支部に指示を出す形で探していたのだが……」
「お主はウィクトの言葉を信じずに、王都に儂はおらぬものと思い込んでちゃんと探さなかった、か」
「ぐぅ……、不覚……!」
「お主昔から間が悪いというか、肝心なところで勘を外すのう。しつこいから結局成功しているだけで、寿命が人と同じだったらそれほど有名になっていないのではないか?」
「紛らわしいことをするグレイが悪い!」
二人の会話は昔馴染みだけあってやはりテンポが良い。
クルムは楽しそうだなぁと思いつつ、グレイの内心を探ったり、自分だったらもっと早く見つけていただろうなと考えて悦に入ったりしていた。
この王女様、聞いているだけのように見えて案外会話を楽しんでいる。
「でもここで会うことができたのだ、私はもうここから先は王都に逗留することにするぞ」
腕を組んだメナスは譲らないとばかりに鼻息を荒くする。
グレイはちらりとクルムの横顔を一瞬伺い、何やらいろいろと企んでいるのを確認。メナスが王都にとどまるようなことになれば、どうせクルムにいいように利用されるのだろうなと考える。
「こんな場所にいると、糞王族と馬鹿貴族に利用されるぞ」
一応忠告だけしてやると、メナスははっとした顔をした。
「そうだ! グレイは王族も貴族も大嫌いだっただろう。特にハルシ王国のが目の前に現れたら原型も残さずぐちゃぐちゃにすると息巻いていたではないか。それなのにこれはどういうことだ」
「……原型も残さずぐちゃぐちゃにされるところだったのでしょうか?」
クルムがグレイを横目で見て尋ねると、メナスは思わず自分の口を押さえた。
どうやらちょっと抜けている上に、勢い余って口も滑ってしまうタイプらしい。
「四十年も五十年も前の話じゃろうが」
「そうではなく……、なぜその……」
「それだけ嫌いな王族の私と共にいるのか、ですか?」
言いづらそうにしているメナスの言葉をクルムが代弁してやる。
「う、うむ、その、それだ」
「私が頭を下げてお願いしたからでしょうね。メナス様、これは大事な秘密で、信頼できる人にしか話せないことなのですが……、聞いていただけますか?」
クルムは目を細め、姿勢を少し低くしながら、メナスの顔を覗き込むようにして尋ねる。
完全にメナスを取り込もうとしている気配を察知したグレイは、じろりとクルムを睨みつけた。
仮にも長い付き合いのある相手だ。
「先生は……、メナス様にお優しいですね」
「勝手に解釈するな」
「うん? 何の話だ?」
状況についていけていないのはメナスだけだ。
交渉事にはあまり強くないらしい。
「私がメナス様に対して、聞いたら協力せざるを得ないように話を進めようとしていたら、先生に睨まれました」
「正直だな」
「先生を怒らせたくないので」
「ふむ……。しかしグレイはクルム王女殿下に協力しているのだろう?」
「はい」
メナスは机に肘をつき、指を組んでその上に顎を乗せ、ふっと笑った。
「では私は話を聞かせてもらうべきだ」
「面倒なことになるぞ」
グレイがもう一度だけ忠告してやると、メナスは緩い表情のままグレイに視線を向ける。
「私はグレイの相棒だぞ。グレイが信じる者ならば、私は何も知らずとも信じることができる」
「……馬鹿が。だからお主が近くにいるのは面倒なんじゃ」
グレイは深くため息をついて立ち上がると、二人を残してそのままクルムの部屋から出ていくのであった。