「集団、というのは……?」
大きな竜が一匹と思っていたクルムが、不思議に思い口を挟む。
「ああ、すまない、紛らわしい言い方だったな。不死竜はそもそも、〈呪い谷〉でアンデッドの集団と共に暮らしているらしい。それらを背中に乗せて現れた、ということだ。山を荒らされている、と気づいたのか、それともかつての番とも言われる不死竜を見に来たのか、山頂からは皇竜も迫ってきていた。私たちは、グレイをしんがりにして、ひたすらに逃げた」
まさに怪獣大戦争だ。
〈竜食山〉の主と、〈呪い谷〉の主、そしてそのどちらとも真正面からやり合ったことのあるグレイの三つ巴である。
どちらもグレイを認識しているせいか、ここで会ったが百年目である。
「撤退の最中、グレイが打ち払った不死竜からの攻撃が、運悪くウィクトにあたってしまった。普段であればグレイも、そんなことにならぬよう気を遣っているのだが、皇竜と不死竜に囲まれ、その時ばかりは余裕がなかったのだろう。私はすぐに倒れたウィクトを担いで逃げた。そこでついにグレイが足を止めた。加勢すべきかと一瞬振り返った私たちに、グレイは『さっさと逃げろ』と怒鳴った。私はウィクトを背負ったまま、情けなくも這う這うの体で何とか逃げのびたのだ」
メナスは『情けなく』と言ったが、〈竜食山〉は麓付近でも恐ろしい魔物がうようよしている。
少なくともグレイ以外の二人も、けが人を庇いながらそこを突破できる、一流の冒険者であったのだ。
それを考慮すると、いかに皇竜と不死竜、そしてグレイの三つ巴の戦いが無茶苦茶なものであったのかがわかる。
「時折隠れて休んだり、襲ってきた魔物を迎撃しつつ、私たちは丸一日ほどかけて山のふもとへ辿り着いた。任務達成に必要なものは、後衛であるペナーレが全て持っている。私たちはそのまま〈竜食山〉を離れることにした。この場所にいて、再びあの竜たちに襲われては敵わない」
「先生を置いていったのですか?」
結局元気に爺になっているのだから無事だったと分かっているのだが、それでもしんがりを山に置いて撤退と聞くと、ついそんなことも言いたくなる。
「二人はグレイを待つと言ったが、私が許さなかった。グレイが逃げろと言ったのだから、私たちがすべきは、できる限り距離を取ることだ。私たちの力が必要になるような状態で、グレイが逃げてくることはあり得ない」
当然メナスだって、グレイを見殺しにしたいわけではなかった。
むしろほかの二人と比べても、メナスのグレイに対する執着は強かったはずだ。
それでもメナスが迷わずその場を離れる判断をしたのは、グレイの強さに対する圧倒的な信頼があったからだ。
できることをやる。
思わず話にのめり込んで、責めるようなことを言ってしまったクルムであったが、改めてメナスの話を聞いて、それが正解であったのかもしれないと納得した。
「私たちは往路と同じ道を使って〈竜食山〉を離れた。ウィクトが毒を受けてろくに動けなかったものだから、移動には少しばかり時間がかかった。三日歩き、野営の準備をしているところで、後ろからグレイが姿を現した。第一声が、『まだこんなところにいたのか』だったな」
「先生らしい……」
「だろう、わかるか!」
メナスはクルムの相槌に楽しそうに笑った。
「実は私たちも途中不安でな、もしグレイが追い付いてきたら最初に何を言うか当てようと話していたのだ。ウィクトとペナーレは、置いて行かれたことに文句を言うと予想していたが、私だけは違った。一言一句間違えずにあたったものだから、それを聞いた瞬間に思わず三人で笑ってしまった。グレイは訳が分からずむすっとしていたがな」
無事に合流できたことでホッとしつつ、クルムもメナスに合わせて笑った。
しかしこうなってくると、これだけ良き理解者がいたのに、グレイが姿をくらませた理由が分からない。
「帰り道、ウィクトの体の調子が悪化した。本来はギルドに依頼の品を納品する予定だったのだが、このままではまずいと、私たちは急遽向かう先を試練の塔へと変更した。自然の毒以外を研究する機関としては、あそこの知識はエルフにも勝る」
「毒は……、治癒魔法では治らぬものですか?」
「相当の熟練者でないと厳しいだろうし、未知の毒を治癒魔法で治すことには困難が伴う。治癒魔法というのは、実はそれほど簡単な魔法ではない、と聞く」
いつだかスペルティアは、ルミネの様子を見ただけでぱっと治癒魔法を使って治していた。その他にも幾度もスペルティアの治癒魔法を見ていたせいか、クルムは治癒魔法がもっと万能なものであると思い込んでいたが、どうやらそんな単純なものではないようだと理解した。
「試練の塔に辿り着いた私たちは、さっそく依頼されていた皇竜の血を手渡した。しかしあそこは懲りずによく分からぬ仕掛けを作り込んでいて、直接顔も出しに来なくてな。腹を立てたグレイが、直接塔に殴り込んだ。そうして、ウィクトのための薬を作ることを約束して戻ってきたわけだ。あの塔の内部がグレイによって破壊されるのは、実に三度目になるな」
「なんというか、錬金術師の皆さんはきっと、先生のことが嫌いでしょうね」
「そうだろうなぁ」
そもそも試練の塔というのは、錬金術師たちが認めぬ者が面会にやってきた場合、会うかどうか、知能を試すために作動させるものだ。謎解きのようなギミックが多数用意されており、回答を間違えると、塔の内部で殺人からくりが起動するという、極めてろくでもないシステムとなっている。
グレイはこの一切の回答を拒否して、塔の仕掛けをすべて壊しながら昇っていくので、修繕に非常にコストと手間がかかるのだ。
いっそ素直に出てきて丁重に出迎えたほうがましだというのに、錬金術師たちは懲りずにこの試練システムを修復し、より凶悪にして作り直す。
天才となんとかは紙一重、と言われるタイプの研究者たちであるので、彼らなりにプライドのようなものがあるのかもしれない。