クルムはグレイと出会ってからのことをつらつらと語った。
語る経験が足りないせいで、いつものように饒舌ではなかったが、抜けのないよう、ほとんどのことを包み隠さずにメナスに伝えた。
本来、知り合ったばかりのメナスに伝えるべきでない事情は山ほどあったが、クルムはそれをあまり気にせずに喋った。
それは気持ち的には、メナスの語りへの礼と信用であったが、実情的には、グレイへの信頼である。グレイが、初対面のメナスと自分だけを部屋に残して退室したという事実は、そのまま、メナスが自分に害を及ぼさない人物であるという意味でもある。
メナスはそれなりに長い話に興味深そうに耳を傾け、時に頷き、時に眉を顰め、そして時に「グレイらしい」と言って笑った。
「……なるほど、グレイがなぜ王都で暮らしていたかはわからないが……、なぜクルム王女の近くにいるのかはわかった。それに随分と我慢強くなったらしいこともだ」
「我慢強いですか?」
「うん、昔よりは。年を取ると人は丸くなるというけれど、本当なのだなぁ」
クルムにとってのグレイは、どんな刺激で破裂するかわからない風船のような存在だ。丸くなったという言葉が似合うようには到底思えないけれど、長年一緒にいたメナスがそういうのならば、本当にそうなのだろうと納得する。
「どちらにせよ、私はしばらくこの街に滞在する。年の瀬にはウィクトもやってくることになっているから、そうなればグレイと引き合わせてやらねばならないしな」
「……【双竜剣】ウィクト様ですか」
冒険者ギルド長ともなれば、各国に顔の利く存在であり、ちょっとした貴族よりも力を持っている。
ぎりぎりの状態であるから、うまく繋がりを持てれば大きな武器になることは間違いない。ただ、そうした行動を、グレイが好むかどうかはまた別の話であって、あまり露骨に動くわけにいかないのが現状だ。
「うん、そのウィクトだ。私とは違って立場のある者だから、手放しでクルム王女の味方にはなれないかもしれないけれど、できうる限りグレイの味方はするはずだ。ウィクトはグレイに恩を返す機会をずっと探っていた。クルム王女に協力することが、きっとそれにあたるはずだ。必要ならば説得も私が請け負おう」
言葉に出していないはずであるのに、メナスはクルムの内心を見抜いて先回りをしてきた。
グレイと一緒にいる時は、どこか抜けた雰囲気もあったメナスであるが、実際に一対一で話をしてみると、意外なほどに相手の気持ちを見抜くのが得意なようだとわかる。
考えてみればグレイよりも長寿であり、なおかつ、今よりもずっと荒れていたグレイを見て、その内心を見抜いて近くにいることのできた豪胆かつ繊細な女性だ。
内面をある程度さらけ出してしまったクルムが、気を抜いて意味ありげに名前を呟けば、その内心を見抜くことくらいは容易にやってのけるに決まっていた。
「……ありがとうございます。ただ、先生はあまりそういう身内を利用するような真似は好まないかな、と思いまして」
「確かに肩書で相手を見るようなことは嫌いそうだな。ならばやはり、クルム王女が直接ウィクトと話せばいいだろう。その機会くらい作って見せるさ」
「何から何まで、ありがとうございます」
「なに、礼を言うのはこちらだ。もしクルム王女がグレイを見つけて連れ回してくれていなければ、私はきっとグレイと再会することができなかっただろう。それだけでクルム王女は私の恩人であるし、ウィクトの恩人でもある」
それはただの偶然でしかなかった。
ウェスカが知らせてくれた【青天の隠者】との縁が、ここまでつながるとは思いもしない。
クルムはグレイに対してはもちろん感謝していたが、ウェスカにもあらためて感謝をしなければなと思っていた。明日の朝一番で、メナスやウィクトのことを話して、驚かせてやるつもりだ。
きっと朝からいい笑顔を見せてくれることだろう。
「……ところで、【青天の隠者】というのは先生の二つ名なのですよね? お話にあまり出てきませんでしたが」
「ああ、それはな、ウィクトと私が勝手に広げた。奴のやったことを吟遊詩人に語らせて、それらしいものがいたら報告させようと思ってな」
「聞いていた話と本人との差に驚きましたが……。そういうことでしたか」
「良いところばかり語らせたからな! グレイが知ったら眉を顰めるようにと思ってな。何も言わずに勝手にいなくなったのが悪い」
メナスは得意げに語ったが、本人はクルムから【青天の隠者】の噂を聞いた時、なんかちょっとかっこいいと喜んでいたので、その作戦は失敗だったかもしれない。
ただ、結果的にそのお陰でクルムはグレイの下へたどり着いたし、メナスもグレイと再会することができた。
塞翁が馬というやつなのであろう。
更に付け加えておくのならば、【青天の隠者】の人物像については大いに嘘が混じっているが、その功績については嘘はない。
グレイは見込みのありそうな若者を育てたし、無鉄砲な若者は叩き伏せて生きてきた。おかげで若い冒険者たちの多くは、実力をつけたし、くだらない喧嘩で死ぬようなこともなくなった。
身体強化魔法の重要さを知り、基礎の大事さを教えられ、およそ二十年の間に、グレイが暮らした街の冒険者の水準が大いに引き上げられたことは間違いなかった。
逆にメナスが語らなかった部分として、メナスたちが吟遊詩人に噂を流させたのには、もう一つ理由があった。
それは、自分たちがグレイのことを忘れないという意志である。
時間が経っても、恩人が自分たちと共にいたことを風化させたくない。
そんな思いが生み出したのが【青天の隠者】の噂でもあった。