「さて、そういえば話の中で一人エルフが出てきたな。【人形遣い】といったか……。その後も行方は知れていないのだろう?」
「はい、何かご存じですか?」
「うむ、私も昔話程度にしか知らないが……」
【人形遣い】というのは、長年にわたってルミネを操ってきたエルフの老婆だ。
正体も目的も不明で、ただルミネを操って王国で何かをしようとしていたことは確かだ。教会勢力を牛耳ろうとしていたことを考えれば、もっと広い範囲での企みがあった可能性すらある。
いずれにせよ、人の意識と行動を操ることができる上に、グレイから逃げおおせるという実績まで持った危険人物であり、その後の行動が一切見えていないことも不気味である。
「もしかするとそれは……、数百年前にエルフの森を追放された魔女であるかもしれないな……。エルフの森は自然豊かで、貴重な薬草だけでなく、毒草も多い。スペルティア様と同じく、治癒魔法に長けていたとされる魔女は、元々は外の国に出ては人を救っていたのだという」
そこだけ聞くと立派な人物であるが、最終的に魔女と呼ばれるくらいなのだから、それで話が終わるはずもない。
「エルフの国でも立派な人物であると目され、魔女は薬草学や治癒魔法の発展のために、あらゆる禁書を閲覧する権利と、そこに情報を付け加える権利を手にした。それからの数十年も、魔女は大人しく人のための研究を続けていたそうだ。しかし、何がきっかけかわからないが魔女はどこかで変わった。誰も気づかぬうちに、毒草の研究をして、禁術をエルフの森の外で試すようになったのだという。これも、もちろん随分と時間が経って発覚したことであるが」
立派な人物がどうしてそんなことになってしまったのか、真相はきっと魔女本人しか知らないのだろう。
もはや伝承となってしまったような話の登場人物の心境など、詳しく知る者はいない。
「当時のエルフの王族は、魔女の悪行を知った。ただ国でも随一の魔法使いの魔女を罰することは難しい。何も知らぬふりをして呼び出して、捕縛しようとしたそうだ。ところが魔女は、当時の精兵たちの追跡も振り切り、呪い谷へと逃げ込んだ。もはや生きているはずもなかろうと思いつつも、精兵たちは呪い谷の出入り口を見張ったが、魔女が再び姿を見せることはなかったという……」
「随分と詳しいですね」
「うむ、これはエルフの森の精兵に代々伝えられる話だからな。私はこう見えて、エルフの森でも、それなりの実力者であったのだ」
グレイと出会った時点で実力者であったという話を聞くに、それも嘘ではないのだろう。胸を張って自慢げに言うメナスは、年齢を考えれば大人げないが、それを脇に置いておけばかわいらしいとしか感じない。
「メナス様は、なぜ冒険者に?」
「うーん、飽きたのだ。エルフの森は会う顔も、やることも変わらぬ。自分が興味のある分野に関して、新たな知見はほとんど得られず、そして周りにいるエルフたちはそれが当たり前だと考えている。……だから私はこの話を聞いた時、少しだけ魔女の気持ちが分かったような気がした」
善良の塊のように見えるメナスからそんな言葉が出てきてクルムは少し驚いた。
するとメナスは慌てて手を横に振る。
「もちろん、悪事に共感したとかではない。それは許されざることだ。そうではなく……、外の世界へ出ていったということは、魔女もきっと、私のように好奇心が旺盛な人物であったと思うのだ。エルフの森で知識を蓄え、魔法を磨き、何かに役立てたいと思ったのだろう。しかしきっと、そこで何かあったのだろうな。そうして、悪事に手を染めた。私はそうはならぬようにせねばと、心に誓ってエルフの森を出たものだ」
メナスは語りながら目を細める。
昔々、グレイと出会うよりも前の、エルフの森を出た頃のことを思い出しているのだろう。
「ただやはり……、魔女の話もあったからか、外から戻った時のエルフたちからの視線は厳しかったな。そもそもエルフの森は、あまり身内を外の世界へ出したくなかったのだろう。私が余計なことを話して、触発される若者が出てくるのが嫌だったのかもしれない。……実際、外の世界でのエルフは希少だ。歴史上、エルフを攫おうとする者も数知れずいた。世界は広く、人は興味深いが、いつでも優しいわけではない」
「エルフの森は、今では魔物の巣窟と化していると聞きます。きっと、生き残りのエルフの皆さんもご苦労されているのでしょうね」
メナスもスペルティアも、直接付き合いを持ってみればどちらも悠々自適に暮らしているように思えるが、実際にはエルフという種族は、非常に厳しい状況に置かれているのだろう。
いつか自分が王になれば、その問題にも取り組む日が来るのかもしれないとクルムは思う。
「そうだ。……グレイはこの国を嫌っているが、ハルシ王国はエルフを人の始祖であると認めてくれている国の筆頭だ。もちろん、対外的に利用したいという思いもあるのだろうが。スペルティア様はエルフの王族として、生き残りのエルフたちのために王宮で暮らしている。必要とあらば、政治的な集まりに顔を出すこともしているそうだ。いつかエルフの森を取り戻せる日が来ると信じて、それを自分の責として、スペルティア様は淡々と積み上げていらっしゃる」
メナスは深刻な表情でそこまで話して、また笑った。
「久しぶりにお会いしたスペルティア様は、以前よりも随分とお元気そうで、明るくなっていらっしゃった。頼りにしていた者たち……、グレイやバミ大臣と再び縁をつなぐことができたことが、スペルティア様をそうさせているのだろう。それも、クルム王女のお陰だ。だからな、私のことはやはり遠慮せずに頼っていい。私がそうしたいのだ」
「……ありがとうございます」
クルムは気合いを入れて、その思いをかみしめるように礼を述べた。
自分が王になりたいと思っているだけではない。
その思いに、自分の背中に、誰かの期待も乗せられていることをひしひしと感じていた。
今日エゴサしてたら、爺のお話しがどこから出るかに言及してる人がいてびっくらした
調べてみたら一応公式からもう発表されてたみたい
講談社のkラノベブックスから7月に出る予定です
よろすくお願いします
因みにイラストレーターさんは、山椒魚さんって方です
めちゃいい爺と、めちゃ賢そうかわいいクルムと、他も全部めっちゃ良きなので、楽しみにしててください
発売近くなったらまたお知らせします