転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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言葉にしなければわからないこと

 メナスは結局、客室に泊まって一晩を過ごすことになった。

 万年祭に向けて冒険者の代表の一人としてやってきたメナスは、スペルティアと会うために先にやって来ただけで、今は特に急いでやることもないのだそうだ。

 年が明ければ始まる万年祭に向けて、現ギルド長であるウィクトも、少し遅れてやってくることになっているのだとか。

 彼女たちが今回の万年祭に参加しようと決めた理由は一つ。

 グレイの手がかりを何でもいいから見つけるためであったらしいのだが、その目的も早々に達成されてしまったというわけだ。

 

 翌朝も早くから、クルムはグレイに訓練をつけられていた。

 グレイはいつも通りの時間に、いつも通りの顔で現れ、昨晩メナスと何を話したかということに関して一言も触れることなく、いつも通りに訓練を始めた。

 それがかえって、グレイが昨晩の二人の話を気にしていることを表しているようであったが、触れたら拗ねそうなのでクルムは黙っていた。

 言うならばせめて訓練を終えてからである。

 大人げない厳しい訓練を課されたくはない。 

 

 昨晩夜更かしをしてしまったせいで訓練はかなりしんどかったが、弱音を吐いてはいられない。ただ、訓練が終わった時点で、クルムはぐったりとベッドに倒れ込んだ。

 グレイの前でいちいち取り繕ってなどいられない。

 

「どうせ昨晩遅くまで話し込んでいたんじゃろう」

「……ええ、まぁ」

「子供は早寝早起きせんか。健全な精神は健全な肉体に宿るんじゃ」

 

 至極当たり前の忠告だ。

 グレイはすぐ近くで、拳だけを地面について逆立ちし、肘を曲げては伸ばす動作を繰り返している。

 クルムには一度だってできない芸当を、高速で繰り返す七十半ばの老人。

 妖怪である。

 クルムは反論もせず、『これだけ健全な肉体を持っているくせに、どうして精神はこれだけ捻くれているのか』と、横目でそれを眺めながら考えていた。

 

「……メナス様には無事に協力をいただけることになりました。昨晩は客室でお休みいただいたので、朝食は一緒になるかと思います」

 

 メナスも昨晩は随分と遅かった。

 話しながらも目が閉じそうになるクルムは、半分寝ぼけながらも、メナスもきっとまだ眠っているのだろうなと考える。

 

「うむ、さっき見かけたから知っておる」

「……さっき?」

「儂が起きた頃には奴も起き出して、区画の外で体を動かしておった。婆だから早起きなんじゃろ」

 

 それを言うのならグレイも爺だし、クルムはその爺の早起きに付き合わされて、朝も早くから訓練をしている。まぁ、空いた時間がこの時間くらいしかないし、クルムも訓練を嫌がっているわけではないのだけれど。

 そんなことよりも驚きはメナスの行動である。

 グレイと同じころに目覚めたということは、おそらく起床時間は日が昇る頃であろうから、睡眠時間はおよそ数時間。

 メナスもまた、どちらかと言えばグレイ側の生物ということなのだろう。

 ここ一年ほどでクルムは、そちら側のびっくり人間たちに、これまで当たり前だと思い込んできたものをいくつか覆されている。

 

 まどろみつつ今日の予定を立てているうちに、部屋の扉がノックされ、クルムはけだるい体を起こして服を整えた。

 グレイの前でだらしなくしているのはもうどうでもいいのだが、ウェスカの前でくらいはピシッとしておきたい。これはウェスカに気を許していないというわけではなく、ウェスカには、できるだけしっかりとしているところだけを見せたいからだ。

 そうでないと心配させてしまう。

 

 自らの足で歩いて扉を開けると、案の定そこにいたのはウェスカであった。

 

「おはよう、ウェスカ」

「おはようございます、クルム様。お客様がいらっしゃるようでしたので、その方の分の朝食も用意させていただきますが、よろしいですか?」

「お願いします。メナス様を見かけたの?」

「はい、先ほど外で。数度お目にかかったことがありますが、その頃とお変わりなく」

 

 すっかり忘れてしまうことも多いが、ウェスカもまた、かつて冒険者だったことがあるのだ。それなりに腕も立つし、そうであったからこそクルムはグレイと出会うことができた。

 

「メナス様、それに【双竜剣】ウィクト様はずっと先生のことを探していたそうです。……私が先生と出会えたのはウェスカのお陰。メナス様が先生と再会できたのも、巡り巡ってウェスカのお陰です」

「いえ、私はたまたま気が付いただけで……」

「こんな朝から言うことではないかもしれませんが、いつも黙々とやるべきことをやってくれていることにも感謝しています。ウェスカがいないと、回らないことばかりです。改めていつもありがとうございます」

「……失礼、すみません。……もったいないお言葉です」

 

 ウェスカは目頭を押さえると、声を震わせながら頭を下げた。

 これにはクルムも慌ててしまう。

 身内以外がいる場所ならばともかく、今この場にいるのは、クルムとウェスカ、それに筋トレをしているグレイだけである。

 

「あの、ウェスカ、そんなに……。日ごろから思っていることですよ」

 

 昨晩メナスからの話を聞いたクルムは、グレイの勝手な行動に色々と思うところがあったのだ。だからこそきちんと胸中を言葉にして伝えようと実行したのだが、反応が顕著過ぎた。

 

「クルム様、立派に成長されて……!」

「ウェスカ、あの、ええと、困りましたね」

 

 主従による微笑ましい朝の一幕をしり目に、グレイは我関せずとばかりに、今日も元気に自らの筋肉を苛め抜くのであった。

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