転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ヒストル大臣との面会

 クルムは数日、書類仕事をこなしつつ、最低限の見回りをこなして過ごしていた。

 今一番に優先すべきことは、ケルンの祖父にあたる、ヒストル=ドクト大臣との面会の件である。

 これまで、孫にあたるケルン派閥を強く推すこともなく職務に従事してきたヒストルが、クルム個人と話がしたいと言ってくるのは異例のことだ。王宮と政治に深くかかわっているヒストルが、一体何を話したいと考えているのか、クルムにはさっぱり想像がつかなかった。

 

 質問とそれに対する回答をなんとなく想像しながら過ごしていたクルムの下へ、ついにバミの下から使者がやってきた。

 ヒストルとの面会は翌日夕方。

 場所はバミの仕事場であるから、いわばクルム側の領域である。

 グレイを連れ込むことも簡単であるし、これによってヒストルが、何か企みを持っているわけでもなさそうであることはほぼ確定した。

 

 華美にならないように、かといって失礼にならないように、クルムは慎重に着ていく服と装飾品を選んでいく。

 普通であれば考えなくともできるようなことだが、クルムは早い段階でそれを当たり前にしてくれる家族を失ってしまった。それでも今問題なく、貴族たちの常識から外れることなく振舞うことができるのは、クルムが人を観察し、知識を積み重ねてきた結果だ。

 

「これでよし、行きましょう」

 

 扉を開けると、外ではいつもと変わらない格好のグレイが待っていた。

 先ほどからの変化があるとすれば、ご自慢の白鬚に櫛をかけたのかなというくらいだ。

 

「まったく、毎度準備に時間がかかるのう」

「先生の準備がはやすぎるだけです」

 

 未だろくに化粧も必要としない年若いクルムの準備は、大人の女性たちと比べれば随分と早い方だ。互いに減らず口を叩きながら廊下を歩き、区域を出るとすまし顔で黙ってバミの仕事場へと向かう。

 最近はクルムとグレイが歩いていると、慌てて端に避けて頭を下げる使用人も増えてきた。

 少し前まで散々馬鹿にしていたはずであるのに、数カ月で随分な変化だ。

 クルムはそんな使用人たちに感情的になって復讐するだとか、悪く扱おうなんて気はさっぱりなかったけれど、それぞれの顔はしっかりと覚えている。

 どの人が自分を馬鹿にしていたのか、噂を流していたのか、正面から遭遇しても避ける気すらなかったのか。

 クルムは道を空けて頭を下げる使用人たちの顔をちらりと横目で確認したが、それだけだった。

 いずれクルムが王になるようなことがあれば、そういった使用人たちは、常に怯えながら毎日を過ごすことになるのだろう。そしてそれに関してもクルムは、何か措置を取るつもりも、気にかけるつもりも一切なかった。

 

 バミの仕事場に到着すると、現れたのはホープとクリネアであった。

 他にも仕事をしている者は多数いたが、その多くは立ち上がって一礼するとすぐに仕事に戻っていく。

 最低限の礼儀を払えばあとは仕事という者たちなのだろう。

 バミの部下らしい精鋭たちだ。

 一部いつまでもニコニコとして機嫌伺いの隙を探しているようなものもいたが、それはホープとクリネアが見事にシャットアウト。

 完全にスルーしてそのまま応接室の方へ案内される。

 

「ヒストル様とバミ様がすでにお待ちです」

「いらしてからそれほど時間は経っておりませんが」

 

 二人がシームレスに、無駄なく交互に状況を伝える。

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 クルムもかなり早くやってきたつもりであったが、予想外にヒストルの到来が早かった。

 王族との待ち合わせと考えれば当然のことであるが、国の重鎮の一人であるヒストルであるならば、クルムよりも後からやってきても誰も文句は言わない。

 それを先にやってきて待っているというのは、ヒストルが余程真面目な性格をしているか、この会談を重要なものだと考えているかのどちらかである。

 

 ホープが部屋をノックして、クリネアがクルムの来訪を告げ、扉が開けられる。

 中では二人の大臣がソファに座らず立ち話をしていた。

 

 ヒストルの身長はバミよりは高く、グレイよりは低い。

 肩幅はがっしりとしているが、全体的な評価としては年相応の老人だ。

 オールバックで固められたプラチナブロンドの髪は、綺麗に櫛が掛けられており、もみあげから下のひげは一本も残らずきれいに剃られている。

 眉間にできて消えなくなってしまった皺と細い眼が、ヒストルをより一層神経質そうな人物に見せていた。

 

「お待たせいたしました、ヒストル大臣」

 

 ヒストルは首からかけられたごつごつとした塊、懐中時計を手に取って、刻まれた文字盤を確認する。

 

「いえ、むしろ早いお着きのようです」

「それは……?」

「これは実験品として提出された、懐中時計というものです。この大きさで時間を確認できるのだから素晴らしいものだと、気に入って持ち歩いています」

「便利なものですね」

 

 人々が時間を鐘の音や時計塔、日時計などで確認する中、老人であるヒストルは最新の商品を気に入って持ち歩いているらしい。

 かたい性格と思いきや、先進的な感覚を持っている人物でもあるようだった。

 ちなみにこの懐中時計、クルムは知らないが、パクス商会が今後売り出す商品として王宮に提出したものである。

 着想をグレイの無駄話から得たパクスが、改良を重ねさせて小型化した商品だ。

 

「私は外へ出ていましょう」

 

 バミが一言残して部屋を退出したところで、クルムの方からヒストルに声をかける。

 

「折角お時間をいただいたのです。腰を据えて話をしましょう」

 

 クルムが先にソファに腰を下ろしたことを確認して、ヒストルは対面のソファへ腰かける。

 王族を尊重する意思があるというのは素晴らしいことだが、裏を返せば、ヒストルがクルム相手に一切の侮りの気持ちを持っていないということでもある。

 なかなかハードな話し合いになるかもしれないと、クルムは改めて気持ちを整え直すのであった。

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