当然のようにクルムの横にはグレイが腰を下ろしたが、ヒストルは一瞬視線を向けただけで特に何も言わなかった。
クルムはこれまでもヒストルのことを幾度か見かけたことがあったが、話をするのは初めてのことだ。
ほんのわずかな時間、互いに容姿や目つき、そして身なりなどを改めて確認したが、クルムは自分からは口を開かなかった。わざわざ呼び出して話がしたいと言ってきたのはヒストルの方である。
うかつに自分から喋りはじめるつもりはなかった。
「ふむ」
しばらく黙って様子を見ていたヒストルは、何か勝手に納得したように頷く。
曖昧で偉そうにも見える態度に、グレイはなんだこいつと目を細めたが、この場はクルムとヒストルの話し合いの場だ。
政治的な話をする場面で、グレイはあれこれと口を挟むつもりはない。
「……ケルン王子から、先日珍しく面会を申し込まれました」
血のつながった実の祖父であり、自派閥の最有力者であるはずなのに、ケルンはヒストルが珍しいというくらいには顔を合わせていなかったらしい。
それが本当だとするのならば妙な話である。
「そして、なぜ身内にいる風見鶏たちを放置していたのかと責められました」
「……ケルンお兄様にも、色々と思うところがおありのようですね」
ケルンとの今の関係に言及することなく、クルムは当たり障りのない相槌を打つ。
「私は、ようやく気が付いたのですか、と答えました」
とても祖父と孫という関係とは思えない、血が通っていない会話だ。
しれっと答えたヒストルは、これまでずっと、ケルンの周りに俗物がうろうろとしていたことに気が付いていたことになる。
「ケルン王子は悔しそうにしていました。そして、クルム王女殿下、あなたに派閥の一部を任せると話しておりました。そういった経緯で、この度はご挨拶をすべきと思い、このような場を設けさせていただきました」
だいぶ中身を端折っているが、たったこれだけの言葉でヒストルが政治家として、貴族として、かなり面倒な存在であることを十分に示していた。
まずもって公の場でもないのにもかかわらず、孫であるはずのケルンをケルン王子と呼び、丁寧語で話しているらしい時点でだいぶ変わっている。どうりでケルンが普段は寄り付かないわけである。
「それはわざわざご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、これからお世話になるのですから当然のことです」
言葉通りではないに決まっている。
ご挨拶と言って、クルムの人間性や実力を見ようとしているのだ。
クルムの方も、いつまでも相手のペースで話をさせていないで、そろそろ動き出さなければならない。
先手を渡したのは様子を見るためであったが、最後まで勝手に話をさせているだけではやってきた意味がない。
「私としても……、ケルンお兄様もお身内であるヒストル大臣が、お兄様にとって甘い毒となり得る方々を看過されていた理由が気になるところです。仮にも、ケルンお兄様はヒストル大臣の孫であり、派閥を引っ張っていく王子であったはずです」
「そのほうが良いと思ったからです」
説明にならない返答だった。
そんなことを聞いているのではなく、なぜそう思ったのかを聞いているのだ。
ただ、堂々とした態度でのらりくらりと躱されると、それ以上質問をしづらくなるのも事実だ。
並の人間であれば、大臣がこう返答すれば『さようでございますか』と引き下がるところだ。
だが、クルムに遠慮をする必要はない。
「なぜそう思ったのか、お聞かせいただきたく」
「ふむ」
ヒストルはもったいぶった様子でまた頷いた。
グレイは腕を組んでソファに寄りかかると、パタパタとつま先で数度床を叩いた。
貴族が嫌いな理由の二割くらいは、彼らの会話のわずらわしさにある。
「孫の身を案じるのは当然のことです」
「……どういうことです」
また煙に巻くような訳の分からないことを言われて、クルムは三度目の質問をすることになった。ただ、クルムは今回の返答の中には、少しばかりヒストルの本心を覗いた気がした。
ヒストルとケルンの間には親族と思えないほどの距離があるように見えるが、それでいてヒストルは、嘘をついている雰囲気もないのだ。
つまり、身を案じていたのは本当なのだろう。
「クルム王女殿下は、物事をはっきりとさせるのがお好きらしい。そして知らなければならないことに踏み込む勇気もある」
「お褒めの言葉ありがたく受け取ります。ただ、質問に答えていただきたいのですが」
「年を取ると言い回しが迂遠になるようです」
年をとっても直球で会話をする者がすぐ横にいるせいで、クルムも最近、少々物言いがストレートになりつつある。クルムが少しばかり反省しつつ一呼吸置いているうちに、ヒストルがまた口を開く。
「王位継承争いには離脱者が多く出ます。さて、離脱者の多くには共通点があります。クルム王女殿下は、それが何だと思いますか?」
「…………目立つ行動をした、とかでしょうか」
「目立つ行動とは何です」
「……他の派閥を脅かすような……」
クルムは考えながら答えている最中に、はっとしてやや目を細めて厳しい視線をヒストルに向ける。
「……ヒストル大臣は、ケルンお兄様が他派閥に目がつけられぬよう、あえて優秀にならぬよう仕向けたとでも言うのですか?」
「概ねそのようなところでしょうか」
ヒストルは小さく頷くと、悪びれもせずにクルムの言葉を肯定した。