「なぜそのようなことを……」
「その前に、細かな違いについて訂正させてください。優秀でないのならば、半端に王位継承争いに関わるべきではない、の方が私の考えに近いです」
同じようにも聞こえるが前後がひっくり返ったことで多少のニュアンスの違いは出てくる。
「……詳しく、説明をいただけますか?」
クルムは少し考えてから、ヒストルに自発的な説明を求めた。
グレイではないけれど、この会話の応酬をまどろっこしいと感じた部分もあるし、ヒストルに試されているように思えたからだ。
様子を見るために、踏み込みかけた足を止めて、スタート位置まで一度後退したような形である。
「一つだけ。クルム王女殿下の想像と、訂正した私の考えの違いはご理解いただけていますか?」
会話の中では相手の様々な動きを注視しながら、その内容も吟味しなければならない。ヒストルの質問は、クルムがどれだけ物事への理解が速いのかを試しているようであった。
場合によっては怒りだしてもおかしくない、やや失礼な態度であるが、それをすれば、ヒストルに頭の回らない人物だと認定されるだけである。
「ケルンお兄様の周りに妙な貴族を置いたままにしておいたのは、お兄様が優秀か、そうでないかを確かめるためだった、ということでしょうか」
「ふむ……。クルム王女殿下は、聡明でいらっしゃる」
どうやら納得いく答えを出せたようで、ヒストルは感心して大きく頷いた。
人から試されるのは気持ちのいいことではないが、クルムのここ一年間はそんなことばかりだ。無礼度合いで言ったら、横でつまらなそうに小指で耳をほじっているグレイが、他の追随を許すことなくナンバーワンである。
「ケルンお兄様は、その試験に合格できなかった」
「気づくことができるよう、必要な教養は身につけさせたつもりです。おだてる者を周囲に置いたことは事実ですが、それを見抜くことができずこの年になってしまうようでは、王には向いていないということでしょう。真に王位を求めているのならば、もっと自発的に動き、どこかで何かに気が付いたはずです。……今回のように」
冷たいと取るべきか、先を見据えた慧眼と取るべきか、微妙なところである。
「ケルン王子ももういい年です。そろそろ、私の方から王位継承争いを諦めるよう伝えるつもりでいました。それが、ケルン王子の方から私に話があると言ってきたのです。厳しく接してきた自覚もありますから、ケルン王子は私の顔など見たくもないでしょうに」
ヒストルは自嘲しながら、一瞬クルムから目をそらした。
派閥の長として、家長として、大臣として生きてきたヒストルにも、人並みの感情があるのだろう。ケルンとの関係については多少思うところがあるらしい。
「ケルン王子の口から出た言葉は、私が五年以上前に聞きたかった言葉でした。どうして今なのか、と思いましたが、その次に出てきた話で私は驚きました。……クルム王女殿下、あなたに派閥の一部を譲りたいという話です」
「それでこの場を設けようと?」
「はい、その通りです。私も王宮内のことについては多少気にしておりますから、クルム王女殿下の活躍は聞き及んでおります。ただ、ケルン王子とは仲が悪い、と認識しておりました。これまでの行動を考えれば当然のことでしょう」
「ケルンお兄様と私の間に何があったのかを知りたいのですか?」
それならば、冷徹なふりをした身内想いの祖父のようにも思えるが、クルムには目の前にいる人物が、とてもそんな単純な人物には思えない。
「それは特に」
ヒストルはあっさりとクルムの言葉を否定した。
そしてクルムは、そうだろうなと思う。
「そうではなく、派閥を預かる者として、ご挨拶をせねばと考えたわけです」
つまり、自分の派閥を頼りないかもしれぬ小娘に預けて良いものなのか、判断をしに来たのだ。やはりクルムが初めから抱いていた、試されているという感覚は間違いではなかったというわけである。
「……ヒストル大臣」
「何でしょう」
「ケルンお兄様を試したのは、お兄様を守るためですか? それとも派閥を守るためですか? 割合を正直にお答えいただきたいのですが」
「正直に、ですか?」
「はい、正直に。そうしていただければ、私も正直に大臣とお話しすることを約束しましょう」
これはクルムからの仕掛けでもある。
今自分がヒストルからどう見られているのか、そして、自分がどうヒストルと接していくべきかを決める大事な質問であった。
「諸々の事情が三割、派閥のことが五割、ケルン王子を守るためが二割、程度でしょうか」
「ありがとうございます」
これが本音だとすれば、ヒストルという人物は、思っていたよりもずっと身内を大事にする人物であるとわかる。
貴族にとって、血縁者というのは駒であることも多い。
特にケルンは王子であるけれど、ドクト家の後継者ではない。
そんなケルンを野心のための駒として扱わず、派閥の害にならないように、普通に生きられるように気を回している時点で、貴族としてはかなり情が深い方なのだ。
「私からも一つ、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「クルム王女殿下は、本当に王位継承争いに勝てるおつもりですか?」