クルムはヒストルの目を見返して答える。
「はい」
「迷いがありませんね。不安や恐れはありませんか?」
「不安や恐れは、迷う理由にはなりません」
「ふむ」
ヒストルは何度目かになる頷きをしてから、膝の上に置いた手の人差し指を、とんとんと動かす。しばし黙り込んだヒストルは、やがて指の動きを止めると、意を決したようにグレイの方へ視線を向けた。
「それは、クルム王女殿下の意志ですか? それとも、グレイ=アルムガルド殿による復讐ですか?」
「お主、儂のことを知っておるのか?」
「祖父から、聞いております」
「何を」
「……グレイ殿が、この国から追放された事件について。私の祖父はその現場におりましたので」
「なるほどのう」
ヒストルは最低限、王位継承争いの経過についての報告を受けている。
クルムにグレイという恐ろしく体格のいい老人の教育係ができた、と聞いた時には、まだぴんと来ていなかった。
グレイという名は、そこまで珍しいものではないからだ。
しかし、クルムの快進撃を聞き、クルムの勢力周りにうろつく人物を確認したあたりで、まさかと思い始める。そうして今回ケルンからの報告を聞いたところで、〈要塞軍〉のラウンドとも深い関係があることで、グレイをグレイ=アルムガルド本人であると確信した。
そうして、わざわざバミ経由でクルムに連絡を取ることで、バミの方の反応も確認する。
バミはそれらしい仕草も情報も一切見せなかったが、剃刀とも呼ばれるような切れ者の大臣だ。そこからの情報収集は諦め、今回の会談に臨んでいる。
ヒストルにとって、クルムの本心や状況を確認することは二の次で、超危険人物と聞いているグレイ=アルムガルドの目的を確認することこそ、今回の面会の本命であった。
「もし、クルム王女殿下が、グレイ殿によって王位継承争いに臨んでいるのだとすれば……」
「すれば、なんじゃ? 邪魔をするとでも言うのか? 儂のことを知っていて、儂を目の前にして、よくもまぁ、ぬけぬけとそんなことを言えたのう。その度胸だけは褒めてやろう」
そもそもグレイは貴族が嫌いだ。
ヒストル個人に対しては特に思うところはないが、貴族であるという時点でマイナス五十点で、話が回りくどいことでマイナス二十点である。
堂々と真正面から話してきたことで十点くらい加点されているけれど、それでもとっくに『面倒くさくなったら殴って黙らせちゃおうかな』ラインは超えている。
「この場で私を害すれば、計画に支障が出ますよ」
ニヤつきながらも圧倒的な威圧感を発揮し始めたグレイに対して、これはやはりと確信を持ったヒストルは、むしろ先ほどよりも毅然とした態度でグレイと向き合った。
二人が妙な雰囲気を作り上げる中、クルムは眉をひそめて声を上げる。
「ヒストル大臣」
名を呼ばれたヒストルは、グレイの方を向いたまま、ちらりとクルムを見て「むっ」と声を上げた。
クルムが明らかに不機嫌な表情をしていることに気づいたのだ。
「何か、勘違いをされているようです。そしてその勘違いは、看過できません」
クルムは鋭い目つきでヒストルを見つめながら言い放ち、続いてニヤついているグレイのこともきっと睨んだ。
「なんじゃい」
いい調子で悪い奴ぶっていたグレイが文句を言うが、そんなことでクルムはひるまなかった。いつも口喧嘩をしているのだから、今更すごまれたところで怖くなんかない。
「先生も、楽しんでいないで事情を説明してください」
「そりゃ儂の仕事じゃないのう」
「じゃあちょっと静かにしててください。今は私が話しているので」
「生意気な」
文句を言いながらも引き下がりそうな雰囲気を見て、ヒストルは思わず目と耳を疑った。
ヒストルの知っているグレイ=アルムガルドは、王の眼前で王子を殺し、父と兄を殺し、それを止めようとした者を端から返り討ちにし、最終的には手におえないと国外追放された大犯罪者だ。
おかしい、妙だ、と思いつつも、ヒストルは表にはそれを見せず、即座に精神を安定させるよう試みる。
一呼吸のうちに立ち直ったヒストルは、逆にさらに警戒心を高める。
もしや五十年の時を経て、老練に立ち回ることを覚えたのかもしれない。
年を取ったとはいえ立派な体つきに、悪知恵までつけてきたのだとすれば、いよいよここでその目的を突きとめ、国への被害を食い止める必要がある。
「ヒストル大臣」
クルムがまたヒストルの名を呼んだ。
仕方なくクルムの方を向いたヒストルは、その瞳に、めらめらと燃え上がるような強い意志が宿っていることに気が付いた。
「私は、私の意志で王になるべく、そのために必要な手段として、先生を教育係として招聘いたしました。私の意志を、他者によって刷り込まれたものと勘違いされることは、極めて不快です」
「…………大変、失礼いたしました」
ヒストルはまだ、グレイが何かしら暗躍をしていることを疑っている。
それでも、目の前で怒りをあらわにするクルムを無視することはできず、とぎれとぎれに謝罪をすることしかできなかった。