「ある程度の情報を集めているとはいえ、私は殿下が〈要塞軍〉とそこまで親しくしているとは知りませんでした。〈リガルド〉へ出向いたところまでは聞いておりましたが……。他にも、はっきりと勝てると仰るほどには、きっと私の知らぬことがまだまだあるのでしょう」
クルムは向けられる視線から目をそらさなかった。
ここまでくれば、そうしているだけでこの話が良い方向に進むと確信していた。
「ドクト家は長らく王家に評価され、栄えた家柄です。オブラ侯爵家の専横を阻止できるのならば、それに賭けたい。孫であるケルン王子が殻を破ることができたのです。ドクト家の当主たる私が、クルム王女殿下というきっかけと出会ってなお、殻に籠り続けるわけにはいかないでしょう。私の派閥の中でも、殿下のお役に立てるような者たちは、既に殿下の手元におります。私が殿下の側についたところで、精々できることは、一部の愚か者をけん制する程度ではございます。それでも、殿下の派閥に加えていただけるようでしたら、私、ヒストル=ドクトは、家門を上げて殿下を後押しすることをお約束いたします」
「もちろん、歓迎いたします」
クルムは頭を下げたヒストルをさらりと受け入れて、手を差し出した。
顔を上げたヒストルがその手を掴んだところで、空いている方の手でしっかりとヒストルの手の甲に触れ、軽く揺すりながら続ける。
「味方となったからには、頼りにさせていただきます。バミ大臣も呼んでもよろしいですか? ちょうど、王宮に詳しい方々に聞きたいことがあったのです」
ためらいはなく手を取り、裏を取るわけでもなく、さっそくヒストルの知識を使い倒そうと、クルムは前のめりの姿勢を見せる。
ヒストルが自分に殻を破る勢いと未来を視たのならば、ここでそれをガッチリと固めて、思い直す隙を与えないよう、身内として囲い込むつもりだ。
ヒストルほどの実績のある大臣であれば、そんなことをしなくとも『やっぱりやめた』なんてことはないだろうけれど、それでも良い印象を与えて、来た時よりもやる気を出させて帰した方がいいに決まっている。
「構いません。……実は今日は、覚悟を決めてここへやってきたのです。もしグレイ殿が、私の想定したように、殿下を利用してハルシ王国をめちゃくちゃにしようとしている場合は、ここで死ぬつもりでおりました」
「お主がここで死んだからって、どうなるというんじゃ」
仮の話であるから、グレイも怒りだしたりせず、適当に返事をする。
とんでもない覚悟であるが、話をしている時点でもう過ぎた話だ。
「もし私が明日の朝までに帰らなければ、息子が陛下の元へ駆け込み、クルム王女殿下とグレイ殿のことをお知らせする手はずになっておりました」
「何じゃこいつ、敵か?」
「いえ、私はハルシ王家の味方でございます」
「じゃあなんで今まで何もしなかった」
胡散臭そうにグレイがじろりとヒストルを睨みつける。
クルムとしてはもう話がついているのだが、こちらはまだ納得できていないらしい。
この辺りのグレイの制御は難しいし、グレイが気に入るか気に入らないかで、今後の動き方も色々と変わってくるので、クルムは口を挟まず様子を見る。
「ヘグニ殿下に勝てる可能性があり、かつ、王位に就いた際に乗っ取られないだろうと確信を持てる方がいらっしゃらなかったからです」
「お、なんじゃ、今他の王子王女が無能だって言ったか?」
「いいえ、言っておりません」
「いいや、言った」
「言っておりません」
「頑固な爺じゃな……」
グレイからすれば軽口の応酬なので怒りだしたりはしないが、ヒストルはグレイという人物の乱暴さを知った上ではっきりと否定を繰り返しているわけで、それを考えると大した度胸である。
ここで死ぬことを覚悟してきたというのははったりではないようだ。
「それで、クルムならばヘグニに勝てると? 他の王子王女よりとびぬけて優秀だと判断したのか?」
「失礼ながら……、そうではありません」
「言ってることが違うじゃろうが」
「違いません。私は、孫であるケルン王子が殻を破った姿に、感銘を受けたのです。六十年以上生きてきて、たったの一度も無茶をしてこなかった自分を、酷く恥ずかしく思いました。勝手に期待をし、勝手に見限り、諦めて生きてまいりました。偉そうに采配を取りながら、家門を守るためと言い訳し、その延命に努めてきただけでした。この臆病さは、グレイ殿、あなたによって刻み込まれたものです」
ヒストルはじっとグレイを見返しながら淡々と話す。
しかしグレイは、王都にいた頃にヒストルに会った記憶はない。
もちろんいじめたり暴力を振るったりした記憶もない。
ヒストルが何を言っているのだか、グレイにはさっぱりだった。
「私が生涯最も強いと憧れた相手は、グレイ殿、あなたによって殺されました。祖父は家を建て直すため、遮二無二働き、体調を壊して命を落としました。どこの家も、あの事件以来立て直しに必死でした。危険な者には近寄るなと教育されました。それを守りつつ、当主となって暫くして、私は初めて自分が袋小路にいることに気が付いたのです。相当な危険を負わなければ、いずれドクト家が、ハルシ王家の衰退とともに歴史に埋もれて消えてなくなると、気付いたのです」
ちゃんとグレイのせいだった。
それぞれが責任をもって、覚悟をもって挑んだ末の結果であるから、今更責められるようなことではないが、グレイが暴れたことがヒストルの教育方針に大きく影響したことは確かなようである。
「これまでは決断できませんでした。年若く、頼りないと世話もろくにしてこなかったケルン王子に、それではいけないと気づかされたのです。もしクルム王女殿下が失敗して、ドクト家がなくなったとしても後悔はありません。私の次か、その次には、何もせずともなくなるであろう家です。だから私は、クルム王女殿下を王にすべく、力を尽くすと決めたのです」
「相変わらず説明の長い……」
ヒストルの言うことを理解したグレイは、それでも正面から認めるのがなんだか癪で、ぶつぶつと言いながら言葉を誤魔化した。
「しかし……、これがドクト家が恐れた、グレイ殿本人ですか……」
「なんじゃ、何か文句でもあるのか?」
グレイがギラリと目を光らせると、ヒストルはゆっくりと首を横に振って答える。
「いえ、確かにこれは、強そうだと思っておりました。老いてなおこの気迫……、ただものではないなと」
グレイはおだてに弱い。
特に、嘘っぽくないおだてには格別に弱い。
ヒストルは伊達に王宮で何十年も大臣をしていない。
コミュニケーション能力は極めて高いようだった。
「ふむ……。……おい、クルム、早くバミを呼んではどうだ」
「お話が終わるのを待っていたんです」
照れ隠しで話をそらしたグレイに返事をして、クルムはバミを呼ぶために席を立つのであった。