「どうやら無事に話がついたようですね」
「お陰様で。このような場を作っていただいたことに感謝いたします」
「おいバミ。こいつ、儂の昔を知っておったぞ。分かっててここに通したのか?」
大臣二人が丁寧にやり取りする中、グレイが態度悪くソファに寄りかかって足を組み、バミに因縁をつける。
バミは直前まで穏やかな表情でヒストルと話をしていたとは思えぬほど、苦り切った表情をして片目でじろりとグレイを睨んだ。
「お前のことを知ってるか知らないかなどどうでもいい。クルム王女殿下のためになるかどうかで考えて、場所を設けただけだ」
「こやつ、場合によっては敵に回るつもりだったんじゃぞ」
「そうならなかっただろうが」
「結果論じゃろうが」
「俺にはその結果が見えてたんだよ。お前とはここの出来がちげぇんだよ」
「その軟弱そうな頭蓋かち割ってやろうか?」
「その中身の話をしてんだよ、ボケ爺」
「お、その中身だけで自立して生きていけるか試してやろう」
「死ぬに決まってんだろ、そんなことも分からねぇのか」
「ぶち殺すぞ」
「いいから黙って座ってろ。話し合いの邪魔すんじゃねぇ」
バミがぴしゃりと言い放つと、グレイが不愉快そうに鼻を鳴らして腕を組み、黙り込んだ。
一方でヒストルは、ぽかんとした表情で言い争いを見守っていた。
貴族の中でも特に身分と格式の高いドクト家で生まれ育ったヒストルは、こんな下世話な言い争いを見ることなどなく生きてきた。
その上言い争っている両方が自分より年上であり、片方が尊敬すべき剃刀大臣のバミ、もう片方が一人で国を滅ぼしそうな化け物爺である。
「失礼しました、クルム王女殿下。お隣失礼いたします、ヒストル大臣」
「どうぞ」
グレイからの威嚇を無視して、杖を突いてゆっくりと移動してきたバミは、ヒストルの横に腰かける。
「……バミ大臣。グレイ殿の仰る通り、全容を黙ったままこの場を用意していただきました。申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず。ヒストル大臣ほどの方が直接動かれたのです。並々ならぬ覚悟があろうことは想像しておりました」
「お見通しでしたか、お恥ずかしい。……それにしても、バミ大臣は本当にグレイ殿と遠慮のない間柄なのですな。祖父が言っておりました。バミ大臣の介入によって、多くの命が助けられたと」
「ヒストル大臣が私と出会った頃からあたりが柔らかかったのは、もしやそれが理由ですか?」
「はい」
暴力以外のことでも、たまにはグレイが役に立つこともある。
バミはそんなことを考えながら苦笑して、「そろそろ……」とヒストルを促しながら、クルムの方へ向き直った。
「王女殿下、私たちを揃えて話したい事とは何でしょう?」
「もう少しご歓談されても大丈夫ですよ。同じ派閥の者同士、理解を深めていただいたほうが、私としても助かりますので」
「はは、それはまた後にいたしましょう」
話を主導するのはヒストルではなくバミだ。
年齢的にもバミの方が年上であるし、ヒストルはバミのことを数少ない尊敬すべき王宮の先達として認めている。
「では遠慮なく。私が知りたいのは、ヘグニお兄様と、セルルトお兄様、それから……、父であるルアーノ陛下のお人柄です。私はずっと、その辺りの方々と縁のない暮らしをしてきましたので、どのような方か分からないのです。表に出て色々と動きを見せているジグラお兄様は、まだ分かるのですが……」
表情にこそ出さぬが、バミは酷く重たく嫌な気分であった。
今出た三人の名前は、クルムにとって半分血のつながった家族である。
あっさりと放たれた、『縁のない暮らしをしてきた』という言葉が、今の王家の人間が置かれた過酷な環境を示していた。
「お人柄、ですか」
「はい。これから本格的にぶつかっていくわけですから、知らぬままではいられません。先生も先日『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』と言っておりました」
ちなみにこれは、クルムが自分がどれくらい戦えるようになったのかという雑談を振った時の言葉である。
全然政治とは関係ない時の、しかもアドバイスですらなく、煽るために使われた言葉である。
その時の言葉をそのまま引用するとこうだ。
『物事は、敵を知り己を知れば、百戦危うからずと言う。しかしお主は自分の実力も分からず、敵がどの程度の実力か見破ることもできず、そもそも戦いの場に立つこと自体が負け、ってな具合の身分じゃ。どーせその腕を振るう時は全力でやるしかないんじゃから、んなこと気にしたってしょうもないじゃろが』である。
クルムはこれを聞いたとき、『この糞爺』と思ったのだけれど、その時にグレイの口から出た言葉だけは、良い言い回しだと、しっかりと覚えていたのである。
ろくでもない師から、積極的に様々な学びを見つけ出す、実に優秀な弟子であった。
「そうですね……、ルアーノ陛下を一言で表すのならば……」
バミは少しだけ考えてから、ぽつりと答える。
「効率的な方、とでも言うべきでしょう」