転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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賢い冒険者講座

 扉を開けた瞬間、殴られた冒険者が転がってくる。

 グレイはその襟首に指先をひっかけると、勢いを追加して頭の上でグルんと回し、殴りつけた方の冒険者に向けて投げ返す。

 

「危ないじゃろうが」

 

 ゴロゴロと転がって壁に激突する二人。

 やいのやいのとヤジを送っていた冒険者たちの一部は、楽しいイベントに水を差した何者かに怒鳴りつけようとグレイの方を見て、一瞬あけた口をそのまま閉じて目をそらした。

 それができたのは、グレイを知っている者、あるいは、グレイのガタイを見て一瞬にしてやばいと気づいた者である。

 数人が気付かずにグレイに向かって文句を言った瞬間、グレイがぐるり、と器用に声を発した者のみ睨みつけ、一番手近にいる者に向けてずんずんと歩いていく。

 薄暗いギルドの中でも距離が近づいてくれば、おやこれはやばいぞと察するだけの迫力がグレイにはある。

 狙われた冒険者は椅子から転げ落ちると、慌ててギルドの奥へと逃げていった。

 

「どこへ逃げるんじゃ、そっちに出口はないぞぉ」

 

 わざとぐるぐると肩を回しながら追いかけていくグレイは、とてもとても愉快そうだ。完全に冒険者たちを驚かすのを面白がっている。

 そろそろ止めたほうが良いだろうかとクルムが思い始めた頃、冒険者が逃げていったカウンターの向こうから、メナスがひょっこりと顔を出した。

 

「し、知らねぇ爺が暴れ出して……」

 

 冒険者がすがるように助けを求めに行くと、メナスは「ああ、そうか」と笑ってグレイの方に手を振った。

 

「騒がしいと思ったら、やっぱり来ていたのか。こっちだ」

「し、知ってる奴なんですか……?」

「うん? お前たちにも話しただろう。今日【青天の隠者】が来ると」

「え、ええ? じゃ、じゃあ、あれが……?」

 

 冒険者の男が振り返ってグレイの方を指さしたころには、グレイは目の前にやってきていた。

 

「誰に向かって、あれとかそれとかどれとか言うておるんじゃ?」

「す、すみません! 知らなかったんです! もうしません! 許してください!」

 

 片手でがっしりと頭をホールドされて、男は全力で命乞いをした。

 グレイはふんと鼻を鳴らして、軽く頭を揺さぶってから、パッと手を放してやる。

 

「ちゃんと相手を見て喧嘩を売るんじゃな」

 

 あの程度の冒険者の悪口にいちいち本気で腹を立てていてはきりがない。

 冒険者なんてものは、口が悪くて、軽率な者と、昔から決まっているのだ。

 そして冒険者として生き残れる者のパターンは三つ。

 めちゃくちゃ強いか、余計なことを言わないか、やばいと思ったら恥も外聞も捨てて本気で謝罪ができるかどうかである。

 一瞬で涙と鼻水を垂らして謝罪できたこの男は、少なくとも三つ目の素養は十分に持っているようであった。

 

「……グレイさんらしいや」

 

 メナスの後ろから現れたのは、腰の左右に剣を携えた渋い男である。

 爽やかな金髪に垂れた青い瞳。

 若い頃はさぞや女性にキャーキャー言われたであろう容姿だ。

 

 今も、年上好きの女性が見れば放っておかないような男の色香のようなものがある。

 

「うむ、ウィクトか。年を取ったのう」

「お互い様でしょう? さ、入ってください。そちらの……、お二方も」

 

 ウィクトはクルムたちの呼び名を少し悩んでから、特定されないような呼び方をして、部屋に招き入れる。冒険者ギルド長をやっているだけあって、ウィクトはそういった細かな気遣いができる男であった。

 

 部屋の中には大きなテーブルが置いてあり、その周りにソファや椅子が適当に並べられていた。テーブルの上には、あちこちで買ってきたような豪華な食事の準備がされており、飲み物も各種取り揃えてある。

 

「グレイさん、お久しぶりです。また会うことができて、本当に、本当に嬉しいです」

 

 ウィクトはそう言って手を差し出す。

 グレイが億劫そうに片手を出すと、ウィクトは両手でそれを握り何度も何度も上下に揺すった。

 

「そんなにするほどのことじゃないじゃろ」

「何を言ってるんです! 私がどれだけ、長いこと、グレイさんのことを探してたと思っているんですか! 礼もろくに言ってないのにそのまま消えるなんて、二十数年、毎日ずっと気になりっぱなしで……」

 

 礼を言いに来たはずなのに、責めるような口調でまくし立てるウィクトに、流石のグレイも「う、うむ……」と言いながら僅かに身を引く。

 ただウィクトは途中でヒートアップしていることに気が付いたようで、パッと両手を離すと、咳ばらいをして仕切り直した。

 

「積もる話は後にします」

「あまり聞きたくなくなってきたんじゃが」

「逃がしませんよ。……それから、クルム王女殿下。それから、ウェスカ殿、でしょうか? 私は、冒険者ギルドのゼルト商国支部長兼、冒険者ギルド総長を務めておりますウィクトと申します。このような場所への招待に応じていただきありがとうございます。十分なおもてなしはできませんが、お寛ぎいただけますと幸いです」

 

 冒険者ギルドというのは、受け入れられている各国に点在する組織であり、一応国ごとに支部長というものが存在する。ここハルシ王国にも支部長はいるのだが、今の時代であると【双竜剣】ウィクト以上に有名な支部長はいない。

 何か大事があった際には、冒険者ギルドの方針を決定する会議が行われるのだが、その時に進行役を預かり、最終決定を下す権利を持っている者こそが、冒険者ギルド総長である。

 つまるところ、何でもかんでも自由にできるわけではないが、ウィクトは、冒険者の中で一応一番偉い人ということになる。

 国際的な立場を見るのならば、大国の高位貴族に匹敵するほどの扱いをされてしかるべき人物である。

 

「……いえ、今日の私たちは先生のおまけですから、あまりお気遣いなく」

 

 そんな相手だからこそ、というわけではないが、今日のクルムは言葉にした通りのつもりでやってきている。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると気が楽です。どうぞ、自由にお掛けください」

 

 相当に偉い立場であり、あの荒くれ者たちのまとめ役であるにもかかわらず、ウィクトの態度はどこまでも柔らかく、紳士であるのが、クルムにとっては少し意外であった。




私が書いている『不死たる異端者と災いの竜姫』という小説のコミカライズが、藤本キシノ先生漫画で始まりました。
ご興味ありましたら是非……!

https://x.com/fjmtksn_work/status/2060573058654761355
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