「……まぁ、どうしても返したいというのならば、儂が必要になった時に必要なだけ返してもらおう」
どうせウィクトが引かないことは分かっていることだ。
グレイは後頭部を掻きながら目を合わせずにそう言った。
「どうせ居場所もばれたんじゃ、急ぐ必要もあるまい」
「……なるほど、分かりました。ではそのように」
「にやけおって、気持ちの悪い」
「すみません」
ウィクトは何かを察したようににっこりと笑って答える。
それはグレイの言葉を正しく理解したからだ。
すなわち、『もう行方をくらます気などないし、これからはいつでも連絡が取れるのだから、たまには顔を出せ」ということである。
グレイはウィクトのこの妙な察しのよさも、まるで自分がひねくれ者の愚か者のようになった気がして、あまり好きではなかった。
もしここにもう一人の冒険者、【風鳴り】のペナーレがいれば、いい具合に『どうしてそんなひどいことを言うのだ』とウィクトのことを庇って騒ぎ出すのだが、残念ながら今日はいないようだ。
「そういえば、弓使いの小娘はおらんのだな」
「ああ、ペナーレでしたら留守を任せています。いつも遠出するたびに頼んでて、小言ばかり言われてるんですよ」
「相変わらずじゃな」
「一番言われてきたのは、『二人ともいつまでもあんな嫌味なおじさんのこと探すのやめたら? どうせどこ行ったって好き勝手生きてるんだから』だけどな」
メナスが話に割って入り、ペナーレの真似をする。
彼女からすれば二十年以上もグレイ探しに時間を費やす二人、特に、新たな相棒らしき者も一切探さず、依頼もろくに受けず、あちこちを流離うメナスのことが見ていられなかったのだ。
至極真っ当な意見である。
「本当に昔から変わらん跳ねっかえりぶりじゃのう」
「でも、結構年を取りましたよ、私も、ペナーレも。変わらないのはメナスさんだけですね」
「まったくもってその通りじゃな。この若作りの婆は」
「若作りではない、普通にしているだけだ。グレイこそ、体を鍛え過ぎではないか? 人間がその年でその体型を維持しているのは異常だぞ。さっきウィクトも聞いていたが、私たちと離れてからいったい何をしていた」
今の体格は、クルムと一緒にいるようになってから鍛え直した部分もあるが、その前から維持をするために毎日の鍛錬だけは欠かさず続けてきていた。
時折王都から抜け出して魔物に拳を振るうこともあったので、ある意味冒険者時代とやっていたことはさほど変わらない。変わったことがあるとすれば、その素材を持ち帰って売りに出したりしなかったことだ。
売れば大層な額になるものも、その辺にポイっと捨てていったりしていた。
まぁ、王都の冒険者ギルドに持ち込めば、買い取ってもらうことはできたかもしれないが、間違いなく噂になって何かしらに目をつけられる。
静かに隠遁生活を送るためには、そうするわけにはいかなかった。
「……まぁ、普通じゃな。街の端に貧民街と呼ばれる家も土地も安い区画があるんじゃが、その辺りでガキどもに基本的な手習いをさせておった」
「グレイがか? 子供は怖がっただろうに」
「ふん、そんな弱弱しい奴らはこちらから願い下げじゃ」
「メナスさん、グレイさんって結構子供には優しいんですよ。私もペナーレも、他の駆けだし冒険者も世話になってるんだから、それは間違いないです」
ウィクトがフォローをすると、逆にグレイは腕を組んでムッとする。
頑固爺だ。
褒められて嬉しいくせに、嬉しい顔をしない。
普段はおだてられて喜んでいるくせに、ウィクトが相手だと素直にそういう態度を見せることができないらしい。
「優しくはしとらん」
「そうですか、じゃあきっとやる気があって優秀な子たちだったんでしょうね」
「そう……、まあ、そうなるのう」
「きっとグレイさんの教え方と、心の温かさが伝わったんですよ」
グレイはぐぬぬと表情を歪めて首を傾けた。
メナスはメナスで「私には最初からずっと厳しい!」と文句を言って、ぐぬぬと首をひねる。
年齢相応とは思えぬ老人たちである。
クルムは思わずウェスカと顔を見合わせて、こっそりと笑ってしまった。
楽しい時間はあっという間だった。
しばらく王都に滞在するというウィクトと、また話をする約束をして、グレイは冒険者ギルドから外へ出る。
ウィクトは最後に、軽くであるがクルムに対して言葉を投げかけた。
「あらゆること、とは言いませんが、私にできることはお手伝いいたしますので、遠慮なくお声掛けください。そうですね……、細かい事情は知らせず、メナスさんか、グレイさんを経由して頼んでいただけると、受けやすいかもしれません」
「ありがとうございます、よく、覚えておきます」
それはつまり、正式な依頼となってしまうと、立場ある人間として気を遣わなければいけないこともあり、受けられない可能性がある。だから細かいことを教えず、あとで『そうだったんですか、知らなかった』ととぼけられるように、物を頼んで来いということだ。
なんとも柔軟でよくできた人物である。
グレイは絶対に聞こえているであろうに、そっぽを向いてその話を聞かないふりをしていた。
「それじゃあ、グレイさんもまた今度。ああ、そうそう、今度この冒険者ギルドに、ここ二十年ほどで名を挙げた有名な冒険者が来るんですよ。良かったら紹介させてください」
「そんなよう知らん奴紹介されてものう。ま、一応覚えておいてやろう」
「はは、本当に結構有名なんですよ。ハルシ王国では一番有名って言っても過言じゃないくらいです。実績として、大型盗賊団の壊滅や、私でも倒せるかわからないような魔物の討伐も、たった一人で達成しています」
「ほう……」
そこまで言われると、グレイも少しだけ興味が湧いてきた。
冒険者の腕自慢なんてものは、俺より強い奴がいるなら面を貸せ、ってタイプが大半である。
グレイの冒険者としての血がうずいたのだろう。
「ま、暇だったらな」
「はい、ではまたお誘いしますので」
「うむ、また近いうちにな」
二人と別れてすっかり月が昇っている大通りを三人で歩いていく。
クルムは満足そうな表情を浮かべるグレイに言った。
「楽しかったですね、先生」
「……どうだかのう」
想像通りの答えが返ってきて、まったく本当に素直じゃないと思うクルムであった。