転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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グロウバウゼンの英雄的活動

 この先には悪魔がいると示すかのように、あちこちに人の無残な死体が転がる森の中を、グロウバウゼンは真っすぐに歩き続けた。

 自分が死ぬかもしれないということは、考えていなかった。

 きっとこの先に答えがあるのだという、確信めいた何かをもって、死体を辿っていただけだった。もしかしたらそれは、生まれて初めて、誰も命令する人がいなくなってしまった状況に、困惑していただけなのかもしれない。

 

 そうして歩き続けたグロウバウゼンは、とうとう生きている人を見つけた。

 人が振り回すのにはあまりに大きな斧を持った大男が、ローブを纏った素手の男に向けて、その斧を振り回した。

 グロウバウゼンは、きっと男が真っ二つになるのだろうと想像したけれど、結果はそうならなかった。

 男は肘で斧の腹を打ち落とし、いや、小さな爆発と共に叩き壊すと、流れるような動作で、その引いた右腕がボッという妙な音と共に前に突き出される。

 大男の腹に拳がぶつかった瞬間、また爆発音がした。

 そうして、大男の腹の中身が全て吹き飛んだ。

 大男の体には、向こうを見通せる、ぽっかりとした丸い穴が開いていた。

 

 グロウバウゼンは茫然とその光景を見ていた。

 美しいと思うのと同時に、体がぶるぶると震えだした。

 恐れだったのかもしれないし、初めて見た何かに対する感動だったのかもしれない。

 グロウバウゼンは、その体の震えの正体を未だに理解していない。

 ローブの男がグロウバウゼンを見た。

 大股で歩み寄ってきても、グロウバウゼンはその場から逃げ出さずに立っていただけだった。

 グロウバウゼンは、その男が近寄ってきて初めて、目の前のローブの男も相当背が高いことに気が付いた。

 それが小さく見えるくらい、先ほどの斧を振り回していた大男が巨大だったのだ。

 ローブの男はじろじろとグロウバウゼンを見て、ぽつりとつぶやく。

 

「賊の仲間じゃねぇな」

 

 グロウバウゼンはよく分からないまま、男を見上げていた。

 男は舌打ちをした。

 

「農家の生き残りか? 運が悪かったな。あそこのでかぶつの首を落として、王都の冒険者ギルドへ持っていけ。運が良けりゃ金になる」

 

 男はそう言って立ち去った。

 だからグロウバウゼンは、素直にその忠告に従って、首を片手にぶら下げたまま王都へ向かうことにした。二日ほどして、不審者として通報されたグロウバウゼンは、騎士によって王都に連行されることになった。

 色々と取り調べを受けた末に、この首が王都周辺を困らせていた大山賊グロウバウゼンの首だと発覚。

 一転、グロウバウゼンは英雄となったのだが、冒険者ギルドが懸賞金を出そうにも、グロウバウゼンは文字も読めない、名前もない、どこに住んでいたかすらも曖昧で、喋る言葉は片言といった具合だ。

 その時にさんざん「名前くらいあるだろう?」と呆れられて、ギルド職員が「じゃあもうグロウバウゼンでいいか……」と投げやりに名付けした結果、今もグロウバウゼンはグロウバウゼンと名乗っている。

 

 その後、グロウバウゼンは得た金を悪い冒険者の先輩に巻き上げられつつ、様々なことを学んだ。まともな言葉であったり、冒険者としての活動の仕方であったりだ。

 幸いグロウバウゼンの体は頑丈で、人一倍力が強かった。

 しばし学び、自分がどうやら騙されているらしいと気づいたころから、グロウバウゼンは王都の外に勝手に山小屋を建てて、そこで一人で暮らすようになった。

 そうしていつか見たローブの男のことを思い出しながら、毎日ふらふらとあちこちを歩き回りつつ、時折冒険者ギルドで仕事をしながら、愚直に拳を振るった。

 

 そんな生活を送る中、グロウバウゼンは、ローブの男の痕跡を見つけることがあった。

 

 間違いなく、あの拳で殺された魔物。

 内臓の爆ぜ方なんかがそっくりで、その場で浮かれて、あの拳の使い方を会得しようと訓練を続けていたら、魔物を討伐しに来た騎士たちに見つかって、自分が魔物を討伐したことにされてしまった。

 

 「いや……」とか「違う……」とか、口下手なりに色々と言ってみたのだが、ややこしいし面倒くさいし、ついでに大山賊を倒した実績のある冒険者ということも相まって、「もうそういうことで」と押し切られてしまった。

 

 グロウバウゼンは、いつか自分の人生を変えたあの拳に追いつきたいと、拳を振るい続けてきた。そして王都付近を徘徊していると、数年に一度、あのローブの男の痕跡を見つけ、そしてその度に勝手に英雄にされてしまうのである。

 今となってはもう「毎度謙虚なことだな、ははは」と何も聞いてもらえない。

 

 グロウバウゼンはずっと、グレイに会いたいと願っていたのだ。

 そして今日、その面影と、いつか見たローブを目にしたからこそ、こうして床に座りこみ、五体投地したというわけである。

 

「いや、確かにそれなら儂じゃが……」

 

 ぽつりぽつりと語られる、長い長い話を聞き終えたグレイは、若干引きながらもローブの男が自分であることを認める。言われてみれば確かに、そんな青年と喋ったことがあるようなないような気もしていた。

 

「お金、使わないで置いてあるので、お返しします」

 

 王都の外で勝手に畑を耕し、つつましく暮らしているグロウバウゼンには金など然程必要ない。グレイのおこぼれで得た金は、最初の山賊のもの以外は、全て壺に入れて、土の中に埋めてため込んである。

 

「いや、いらん」

「返し、ます」

「いらんって言うとるじゃろうが」

「困ります」

 

 恐れを知らぬ男グロウバウゼンは、グレイが面倒くさそうに断わっても、返すの一点張りで一切引く気配を見せなかった。

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