転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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拳をぶつけ合えば

「ごめんね、申し訳ないけれど、ちょっと立ち入り禁止ということで」

 

 ウィクトは訓練場から一時的に人を追い出すと、ついでにぞろぞろと遠巻きについてきた冒険者たちをぴしゃりとシャットアウトして、訓練場に繋がる扉を閉めた。

 伝説の冒険者対〈要塞軍〉大将の手合わせは、なかなかのベストバウトになるのだろうが、どちらが勝ってどちらが負けても、その結果が出てはやし立てられて得をすることはない。

 

 二人はのしのしと訓練場の真ん中へ歩いて行って向かい合った。

 大柄な二人がそうしていると、数十人が訓練できるこの場所が狭く見えてくる。

 

「ようし、かかってこい!」

 

 拳同士をごつんとぶつけるラウンド。

 その威力は、拳が砕けてしまうのではないかというほどであったが、ラウンドは平気な顔でごっつんごっつんと気合を入れている。

 

「いきます」

 

 どすどすと拳を振り上げたまま駆け寄ったグロウバウゼンが、その拳を振るった瞬間、空気が悲鳴を上げた。不格好で、そして何の理もないような拳が、生体を十分に破壊する威力をもってラウンドに迫る。

 しかしラウンドは真正面からそれを迎え撃った。

 拳と拳がぶつかる。

 ごっ、と短いインパクト音がして、よろけたグロウバウゼンがぽかんとした顔をした。

 まさかそこまで当たり負けるとは思わなかったのだろう。

 

「もう終わりか!?」

 

 ラウンドが声を上げると、グロウバウゼンは再び拳を振り上げる形で構えて、同じように拳を繰り出す。

 しばし短い衝突音を繰り返したあげく、グロウバウゼンは何度目かの撤退で、そのまま静かに地面に膝をついた。

 

「俺を、鍛えてください」

「よかろう!」

 

 ほんの数分の出来事であった。

 グロウバウゼンは短いやり取りでラウンドの強さを悟ったし、ラウンドは拳の硬さにグロウバウゼンの意思の強さを感じた。

 相性は抜群だ。

 

「よぅし、ではまず体を鍛えるぞ! それから殴り方を教えてやる!」

「はい」

「俺に倣え!」

「はい」

 

 その場でスクワットを開始したラウンドを見て、グレイはウィクトに言った。

 

「じゃ、儂帰るから。あとよろしく」

「あー……、分かりました。では、そういうことで」

 

 こうなればどうせ後はもう気が済むまで訓練を続けるに違いない。

 ここにいたって特にやることもないと判断したグレイは、そのまま冒険者ギルドを後にすることにした。

 

「どこか行くのか?」

「あてはないのう。プラプラしてみるつもりじゃ」

「ならば、私も一緒に行こう」

 

 グレイはメナスの提案に返事をせずに訓練場から出たが、メナスは勝手についてきた。それは昔からの二人の関係そのままであったし、特にそこにお互いに不満はない。

 むしろ少しばかり懐かしさを感じながら、ギルドを出て、適当に街を歩き出す。

 

「しかし、随分と治安がいいもんじゃ」

「結構騎士たちの巡回が多いんだ。冒険者ギルドとしても、治安を乱すような者がいれば積極的に排除するよう依頼されてるしな」

「そうなのか?」

「クルム王女が指示したことだぞ?」

 

 なぜおまえが知らないと、メナスが責めるような目を向けたが、グレイはそんなの知ったことではない。

 グレイはクルムがどんな施策をとっているかなんていちいち気にしていないのだ。

 口に出した部分は一応記憶しているが、書類だけで済んだ仕事に関しては本当にさっぱりである。

 グレイのやるべきことは、クルムの身の安全の確保と、鍛えること、それからメンタルが駄目そうなときに、煽り散らかして発奮させてやることくらいである。

 実に簡単な仕事だ。

 間違いなく教育係の仕事ではないが。

 

 それはさておき、つまるところ今の街の治安は、通常時の騎士と兵士に加えて、〈要塞軍〉と冒険者たちによって守られていることになる。

 そもそも治安の悪化の三分の一くらいは冒険者によるものであり、もう三分の一は貧民街によるものだと思えば、それだけで三分の二はほぼ抑え切ったことになる。

 残る三分の一は裏社会の住民であるが、彼らも動きにくくて仕方がないことだろう。

 

 普通の王侯貴族であれば、貧民街や冒険者には積極的に触れることがないけれど、クルムは違う。貧民街で二十年暮らし、冒険者として三十年生きたグレイの弟子であるからして、そこに手を入れることに対する躊躇なんてものは少しもなかった。

 毎日グレイの相手をしていれば、彼らの口や素行の悪さなど子供の悪口とさして変わらない。

 ある意味、グレイと共にいることの成果が十分に出ている形だろう。

 

「ふぅむ、悪さをする奴がいないと、小突くやつもいなくてつまらんのう」

「治安維持に苦心しているクルム王女が聞いたら悲しむぞ」

 

 メナスは十分にクルムの立場を理解しているつもりだ。

 必死に頑張っているのに、師匠がこれではかわいそうだと思っての発言であったが、グレイはにやにやと笑って答えた。

 

「怒るだけじゃろ。悲しんだって何も解決しないことを、あ奴はよく知っておるからな」

「そう言われてみればそうか。……その辺り、グレイによく似ているな。……あまり王女をそういう方向に育てるのはどうなんだ?」

 

 グレイはにやにやと笑ったまま答える。

 

「儂はなんもしとらん。あ奴は最初から、この儂に対しても、『余計なことをするな』と怒ってテーブルを殴りつけるほど、怒りっぽい性格じゃ」

「そう……なのか? もっとこう、おしとやかに見えたのだが……」

「猫被っとるだけじゃな」

 

 その攻撃的で芯が曲がらないところが気に入っているグレイは、笑いながらメナスにクルムの話を続けるのであった。

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