「よく考えてみれば、グレイと一緒に行動し続けられる時点で、ある程度自我が強いのだろうな。失敗して泣くだけの者を、グレイがこれほど長く世話するわけがないか」
「それだと儂が薄情者のようではないか」
納得したメナスは何も間違ったことは言っていないけれど、グレイは不満そうだ。
もちろん本気で文句を言っているわけではなく、何でもかんでもいったんけちをつける会話スタイルを身に着けているだけである。
「実際好ましいとは思わないだろう? 泣いて誰かに助けを求めるだけの者は」
「まあのう……」
泣いてもいいし、くじけてもいいが、誰かが手を差し伸べない限りずっとその状態は少々面倒くさい。優しくしてもらえなければ立ち上がることができないならば、生きることを戦いと考えているグレイとは圧倒的に相性が悪いからだ。
そんな雑談をしながら王城の方へ移動していたグレイは、ふと正面からやってきた豪勢な馬車に気付く。
「……無駄に豪奢じゃのう。どこの馬鹿が乗っておるんじゃ」
明らかに豪華な馬車なのだから、当然中には貴人が乗っている。
大きな声で悪口を言うのはグレイくらいなものだろう。
もし聞き咎められたら、そのまま投獄されたっておかしくない。
「あれは……、王家の馬車じゃないのか?」
「ほう、どの馬鹿だ?」
「そこまでは知らないけどな」
「よぅし、後を追いかけてみるか」
好奇心だけは旺盛である。馬車が少し手前で角を曲がったのを見て、それを追いかけるようにグレイは早足になる。
本当に今日はやることがないので、ただの暇つぶしである。
何か情報でも得てやろうと思っているだけ、クルムの陣営にいるという自覚を持ち始めたのかもしれない。
馬車が向かう先は、いわゆる貴族街に隣接した、高級な宿屋が並ぶ区域である。
今回クルムたちによってつくられた宿ではなく、昔々から王国の賓客を招くために作られたような区画であった。
「ふむ、このままいくと、私が泊まっている宿に辿り着くな」
「何じゃお主、良いところに泊っておるな」
「ふふん、これでも私やウィクトは王国から招かれた客なのだ。正直、お高い宿過ぎて勝手に部屋の片づけとかをされるので、とても過ごしづらい。引っ越したい」
メナスが普段泊まっている宿は、ぎりぎり個室になる程度の宿だ。
必要なことは全部外で済ませてきて、夜は寝るばかり。
セキュリティがしっかりしていなかったところで、忍び込んでくるようなものは、気付いて仕留めればいいだけだ。
あれもこれもと手を焼いてもらうと、なんだか申し訳ないし、勝手にあちこち触らないでくれと思ってしまうのは当然のことだった。
「ま、冒険者からすればそうじゃろうな。クルムのところは余計なことを言ってこんから暮らしやすいぞ。お主も引っ越してきてはどうじゃ?」
「……グレイの部屋にか?」
「どうしてそうなる」
ドキッとしたメナスがもじもじとしながら尋ねるが、馬車の背中を追いかけているグレイはバッサリと切り捨てた。メナスも大して期待もしていなかったので、ちょっと拗ねながら「そうだろうな」と答えただけだった。
やがて馬車が止まり、中から人が出てくる。
「ちょうど私の宿の隣だな」
「よし、お主は宿へ帰れ。儂はお主を送り届けた体で様子を窺う」
「ふむ、まぁいいだろう」
なんとなく女性として、意中の男性に宿まで送り届けてもらうのは悪い気分ではない。少なくとも、こんな感じで一緒に散歩することも珍しいし、メナスとしては今日の一連の流れは割と満足のいくものである。
あまりにこれまで餌を与えられなかったせいで、大したことでなくとも嬉しくなってしまう、かわいそうな美女エルフがここにいた。
のんびりと馬車を追い抜いてメナスの宿まで向かったグレイは、ちらりと横目で馬車から降りて来る者の様子を窺った。
馬車から最初に現れたのはジグラ王子。
続いてジグラ王子がエスコートして馬車から降りてきたのは、少し年を重ねた女性であった。
「ふむ、母親か?」
「そうなのではないか? ま、近所のよしみだし、あの宿に泊まっている者が何者かは、私の方で突き止めておこう」
「おう、気が利くのう。しかしまぁ、適当でいいぞ、どうせそのうち分かることじゃろうしなぁ」
「そう言われるとしっかりやりたくなるが」
「負けず嫌いな奴じゃ、ほどほどにな」
グレイはそう言ってひらひらと手を振ってメナスに別れを告げる。
メナスは見えなくなるまでそれを見送ってから、ふっと笑って呟く。
「なんだか、前より角が取れたな」
クルムやファンファあたりが聞いたらひっくり返りそうなセリフであったが、これもまた事実である。
年を取って、そして子供たちと接して、グレイは確実に以前よりは穏やかな性格になっている。それだからこそクルムと出会う直前なんかは、グレイ本人も老いを自覚して弱ったような顔をしていたくらいである。
そこから比べればだいぶ復活しているが、性格はまだまだ現役バリバリの頃と比べれば相当柔らかい。
ついでに、もう出遭うことがないだろうと思っていた昔の知人に会えたことも、グレイに良い方向の活力を与えていた。
齢七十を越えて、技は冴え、心は円熟するグレイの成長は、留まるところを知らぬようであった。