「よくもまぁ、この短い期間でそれだけ動いたものだ」
「元からそうするつもりでしたので」
ヘグニはすぐに本題に入らず、さりとて目的から逸れるような話もしなかった。
すでに宣戦布告を終えている以上、闘志を押し隠す必要もない。
同党と真正面からヘグニを見つめて答える。
「いつからだ」
「……お兄様たちが、殺された時から」
「そうか。……そうだろうな」
クルムは僅かに目を細める。
ヘグニが自分の事情を、兄たちのことを理解しているような言い方をしたことが気に食わなかった。
第一王子としてオブラ侯爵派閥に推され、常に王道を歩いてきたヘグニに、自分たちのことなど分かるはずもないという、意地のようなものがあった。
「しかし実行に移したのは、力を手にしたからだろう」
そう言って、ヘグニは横に座っているグレイの顔を見る。
グレイはにやりと笑って返事をしなかった。
「グレイ=アルムガルド。アルムガルド家の生き残り。何をした人物であるかは聞いている。そしてクルムの教育係となってからの動きも。貴殿は何を思ってクルムに協力をしているのだ」
「儂には出ていってほしかったじゃろう? 無意味な質問じゃな」
元々話す気がなかったのに話しかけて来るんじゃねぇよ、という老爺のひねくれである。相手が誰であろうと好き勝手する、グレイならではの返答であった。
ヘグニはひねくれ者から妹の方へ視線を戻して続ける。
「ここまでやって来れたのならばわかっているはずだ。クルム、お前が王位継承争いに勝利したいのならば、これから先も細い糸を手繰り寄せるような毎日が続く。そしてその糸の先には、必ずしも獲物がついているとは限らない」
「ヘグニお兄様」
クルムは少しばかり腹を立てており、それを表情に出すことなくにっこりと微笑んだ。
「今更そのような話ですか?」
そんな覚悟はとっくの昔に終わっている。
クルムは、用がそれだけならばさっさと帰れとすら思っていた。
もし自分の時間を無駄にするためだけにやってきたのだとすれば、それはそれで上等な作戦だった。
人手が圧倒的に足りていないクルム陣営としては、その頭であるクルムがヘグニの相手をしているのは、ただひたすらタイムロスである。
「……もしお前が平穏な日常を送ることを望むなら、私はそれを約束してやれる。ファンファも、ルミネもだ。ある程度望むような暮らしを約束できる。ハップスには、騎士団の方で働いてもらいたいところだが。無理な婚姻を結ばせることもしない」
「相手をするのが面倒だから?」
「いや……。……そう思っても構わん。約束を守るという証書を残してもいい」
ファンファなら、きっと喜んで引き受けただろう。
ルミネだって、ジグとの関係によっては受けたかもしれない。
クルムは笑った。
グレイのように歯を見せて、食いしばり、威嚇するように上品でない笑い方をした。
そうしてテーブルを叩いて立ち上がる。
「私が、そんなものを求めているとでも?」
クルムは今この時代、自分が生きて死ぬまでの間だけでなく、この先長くずっと、こんなくだらない争いをなくすために戦っているのだ。
家族で、血の繋がった者同士で、貴族の操り人形となって殺し合うことなどもううんざりであった。
自分が全てを終わらせる。
ここまでやって未だその決心を軽く見られていたことに、クルムは腹を立てていた。
「ご存じの通り私はお兄様と比べれば小さな勢力です。ですから、お兄様と違って、私は忙しいのです。そんなくだらないお話しをされるためにいらっしゃったのであれば、今すぐお帰り下さい。私からお伝えすべきことはありません」
ギラギラと目を輝かせるクルムの怒りを一身に浴びても、ヘグニは悠然と座ったままだった。
そして、そのまま目を伏せ、小さくため息をついた。
「お前が思っているよりもずっと、貴族の力は大きい。王都に暮らす法衣貴族と、地方の貴族を、同じだとは思わないことだな」
「十分、承知しているつもりです」
「……先ほどの話はこれから先もいつでも有効だ。覚えておくといい」
噛みつくように答えたクルムに、ヘグニは何か言いたげな表情をしたが、やはりため息を吐いてそう言っただけだった。
「どうぞ、お帰り下さい」
ヘグニは今度こそクルムの言葉に従い、立ち上がる。
そうして扉まで歩いていき、自らそのノブに手をかけてから振り返ってグレイの方を見た。
「年端も行かない娘をその気にさせるのは、どうなのだろうか」
「何か勘違いしておるな、小僧。儂が煽り立ててやらせているのではない、儂が無理やり巻き込まれたんじゃ。お前の家じゃあ、娘にどんな教育をしておる? 親の顔が見てみたいのう」
ニヤつくグレイの顔を見て、相手にされていないと判断したのか、ヘグニはやや顔をしかめた。それから自ら扉を開けて、勝手に部屋から出ていってしまった。
残されたクルムが、乱暴にソファに腰を下ろして、ため息とともに怒りを吐き出す。
「何をしに来たのでしょうね、本当に!」
それでも吐き出しきれなかった怒りが語尾に宿っていたが、それをグレイにぶつけたところで意味はない。
一方でグレイは、つまらなそうにつぶやく。
「何にせよ、覇気も、面白みもない奴じゃったな」
あれがラスボスだというのならば、あまりに心躍らない。
グレイはそんな無責任なことを思いながら、長い白鬚を撫でるのであった。