転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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〈万年祭〉のはじまり

 年が明けると、ルアーノ王の挨拶から〈万年祭〉が始まった。

 王宮の中でも最も広いホールを会場として、あちこちから集まってきた貴族たちによる交流が始まる。

 三日三晩通しで行われるパーティでは、豪勢な食事が用意されており、都度検問を通ることにはなるが、出入りも自由となっている。

 ちなみに王女であるクルムや、王宮で暮らしているグレイは顔パスである。

 検問をしているのが騎士たちであるので、嫌がらせなども一切なく、それはもうすんなり通してもらえる。

 

 クルムは普段よりも随分としゃれこんであちこちに軽い挨拶をしていたが、グレイはいつも通りのローブ姿でそれについていく。

 クルムの方も、グレイのローブが見た目こそ薄汚れているが、実は貴族ですら手にすることが難しいほどの超高性能の超高級品であることをもう知ってしまっている。

 どうせ断られるのが分かっているので口にもしなかったが、できれば着替えてほしいなと言う気持ちだけは、ぎりぎりまで視線で伝えてみた次第である。

 もちろん無駄であったけれど。

 

 会場にはたくさんの人々がいるが、それでも通されているのは、王国の貴族のみである。今回の会場に一応招待されてやってきているはずの、メナスやウィクトはいないし、大商会の主であるパクスの姿もない。

 あくまでこれは最初のパーティであり、身内のみを招待した宴なのだ。

 この規模のパーティが、月に一度は開かれ、一年間それが続くのが〈万年祭〉である。

 

 会場にはもちろんルミネをはじめとした、クルムに味方している王子王女もいるが、彼女たちは皆積極的に貴族たちの元へは向かわない。

 それぞれの元へやって来た者たちだけに軽く挨拶をして、自分たちがクルムの陣営についたことに関しても伝えたりはしなかった。

 クルムが直接会って話をするからと言って、あらかじめ口止めをしてあるのだ。

 地方の貴族がどれだけ情報収集能力に長けているかだとか、どれだけ自分のことを評価しているか、なんてことを知るための機会だとクルムは思っている。

 だからこそ、ぎりぎりまで情報を制限して様子を伺いたい。

 

 それはそれとして、クルムは足しげく貴族たちの元へ向かい挨拶を繰り返す。

 伝聞によって見た目を聞いて知っているだとか、過去に一度だけ見たことがあるだとか、盗み聞いた会話からとか、とにかくほんのわずかな情報から、クルムは目的の人物を見つけ、確実に声をかけに行く。

 何か難しい話をするわけではない。

 自分が誰であるか、顔を売りにいっているだけだ。

 

 手紙を受け取っているはずの相手は、そこで反応が分かれる。

 クルムを侮っているか、値踏みしているか、評価しているか。

 それとも敵対しうるものとして見ているか。

 王女とはいえ弱冠十三歳の少女と、自分の領土を持った立派な大人である貴族たちとの探り合いがそこには発生していた。

 

 グレイはその間酷く退屈で、勝手に肉を食べたり、大欠伸をしたりしながらクルムの後をついていく。王族だけがたった一人連れることを許されている護衛、という立場であるが、その品のなさには眉を顰める貴族もいた。

 グレイはそんなことは気にしないし、クルムは自身の護衛であるグレイにそんな表情を一瞬でも向けた者の顔を忘れない。

 グレイの態度が悪いのは分かり切っているが、それでもクルムのたった一人の護衛に眉を顰めるようなものは、心のどこかでクルムを軽く見ているのと同じであるからだ。

 ある意味、グレイの勝手な態度が役に立っているとも言えた。

 

 一日目の最後の頃のことであった。

 

「ベゼルフッド辺境伯に挨拶をしたら、今日のところは下がることにします」

 

 クルムは次に挨拶に行く前に、いったんグレイにこそりと相手先を告げる。

 グレイはほとんどそれを聞き流していたが、律義に最後まで伝えたところには、クルムの真面目で隙のないところが出ていた。

 グレイはその家名を聞いて歩き出しながら、その家名がどこか記憶に引っ掛かり、何だろうかと思い出そうとしたが、結局対面しても答えは出てこなかった。

 ベゼルフッド侯爵は、年齢的にはグレイと同年代の男性であった。

 切れ長の目に、白銀の髪。

 鼻の下にだけひげを生やしており、ステッキは持っているが背筋はしゃんと伸びている。

 

「失礼いたします、ベゼルフッド閣下。私、ハルシ王が第十一子、クルム=ハルシと申します。昨年から王位継承争いに参加することとなりましたので、ご挨拶に参りました」

「わざわざ声をかけていただけるとは光栄です、クルム王女殿下。本来ならば私の方からご挨拶差し上げるところを、このところ年のせいかすっかり足腰も弱り、目も霞みはじめたもので、大人しく様子を見させていただいておりました」

 

 ベゼルフッドは柔らかに目を細めると、そのまま僅かに頭を下げて答える。

 その動作は紳士的であった。

 なぁんかいかにも貴族らしくていけ好かないと思ったグレイは、そんなベゼルフッドを横目に見ながら、テーブルに乗った肉に手を伸ばし、更にわしわしと盛っていく。

 配置されているテーブルごとに、乗っている食べ物が違ったりもするのだが、ここにある肉は中々脂身が少なくて、良い筋肉になりそうだと思ってのことだ。

 

「クルム王女殿下。差し出がましいことを申し上げるのをあらかじめ謝罪させていただきます。申し訳ございません」

 

 ベゼルフッドは先ほどとは違った、鋭い目つきでグレイの方を見ると、クルムに断りを入れてつかつかと歩み寄った。

 

「……君は護衛だろう。主が挨拶をしているのに食事をとるのはいかがなものか。君の行動一つが主の格を貶めることもある。ましてクルム王女殿下は、これからというお方なのだ。もう少し気を付けて行動してはどうかね」

 

 そして明らかに背が高く筋肉質で恐ろし気な護衛のグレイに向けて、物おじもせずにはっきりと、しかし周囲には聞こえないほどの声量で忠告を発した。

 グレイは『何だこいつ、ひねりつぶしてやろうか』と反射的に眉をひそめたが、その直後に、記憶にビビビッと何か刺激が走り、あることを思い出す。

 

『君は悪いことをしても悪びれないし、良いことをしても誇らない。どちらももっときちんとやるべきだ。評価を他人に任せきりにするというのは、謙虚ではなく怠慢という。まして君は――』

 

 どこにでも一人はいる面倒くさい奴。

 堅苦しくて、それでいてひたすら正しい奴。

 ベゼルフッドは、十代のグレイにとってそういう同級生であった。

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