転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ベゼルフッド伯爵のお説教

 ひやりとしたのはクルムだ。

 ベゼルフッド伯爵と言えば、王国の南東方面を守護する辺境伯の一人である。国内の貴族として、最大級の戦力を保持している伯爵家であり、王国の中でも非常に強い発言権を持っている。

 グレイがぶちぎれでもしたら大変なことだ。

 真面目な人柄とは聞いていたが、まさかグレイの行動に口を出すとまでは思っていなかった。

 クルムのことを思ってというか、王侯貴族として当たり前の常識を説いてくれているだけなのだろうが、大変余計なお世話である。

 グレイは注意をするベゼルフッドをじろりと見ると、鼻を鳴らしてそっぽを向き、口いっぱいに肉の塊を詰め込んだ。

 お前とは話さないという意志表示である。

 もちろんベゼルフッドに良い印象は与えないだろうけれど、それでもクルムは、グレイが反論して暴れ出したりしなかったことにほっとした。

 場合によっては間に入って止めることすら覚悟していたところである。

 

「…………まさか」

 

 ベゼルフッドはグレイの傲慢な態度を見て、グレイ同様に、若き日の記憶が刺激された。人の忠告に鼻を鳴らし、どこかへ歩き去ったり、耳を塞いだり、好き放題やっていた同級生の記憶だ。

 ベゼルフッドは杖を突きながらグレイの正面に回り込もうとする。

 するとグレイはその場で向きを変えて、正面から向き合わないようにしながら食事を続ける。

 ベゼルフッドはしばらくくるくるとグレイの周りを回ったあげく、ついに額に青筋を浮かべて肩に手を置いた。

 瞬間グレイは体を軽く揺するようにしてそれを振り払った。

 昔にもよくやっていたことで、これをして逃げ出せば大体の場合ベゼルフッドはそれ以上追いかけてこない。

 うるさい奴だが、意外と引き際はわきまえている奴だったというのが、グレイの記憶だ。

 

「お……っと」

 

 しかしベゼルフッドも年である。

 本人が言う通り、本当に目は随分と悪くなっているし、足腰も弱った。

 思わずバランスを崩して倒れそうになったところを、グレイが袖を指先でつまんで支えた。

 横顔ではあったが、ベゼルフッドはグレイの顔をはっきりと確認する。

 

「グレイ=アルムガルド……」

 

 呟くような小さな声だった。

 ベゼルフッドはその名前が王国に与えた影響をよく理解している。

 だから、この場で騒ぎになるようなことがないよう、驚きながらも声を潜めたのだ。

 

「すっかりよぼよぼの爺じゃな」

「……帰ってきていたのか」

「悪いか」

 

 顎を上げて見下ろすようにしながらグレイが言う。

 ベゼルフッドは昔と全く変わらないその傲岸不遜な態度を見て、思わず懐かしく思いながらも、呆れたように小さくため息を吐いた。

 あれだけのことをやっても人は変わらないのかと、そんなことを思ったのだ。

 

「……悪くはない。既に罪を償う期間は随分と前に終わったはずだ」

 

 ベゼルフッドの言葉は、グレイにとっては意外だった。

 クルムによればグレイの処罰に関しては公になっていない。

 つまりベゼルフッドは、グレイの処罰にそれなりに興味を持っており、進んで情報収集をしていたということだ。

 嫌っている相手がどうなったのか気になったのだろうと考えれば、それほど不思議なことではない。ただ、グレイの知っているベゼルフッドは、面倒くさいけれど、そういった趣味の悪いことをするタイプの男ではなかった。

 

「だが、もし今王女殿下の護衛としてここにいるのならば、先ほど言った通りだ。仕えるべき主に恥をかかせるというのは……」

「相変わらず融通の利かぬうるさいやつじゃのう。クルムも気にしておらんのだからいいじゃろうが」

 

 グレイが鬱陶しそうに答えると、ベゼルフッドはクルムの方を見て眉を顰める。

 

「王女殿下。出過ぎたことを申し上げますが、護衛の品格と言うのは主の品格とも言われるもので――」

 

 そうして、今度はクルムに対する説教が始まってしまった。

 クルムの方はグレイのように鬱陶しいと払いのけるわけにも行かず、真面目な顔をしながら相槌を打つしかない。

 最初はニヤつきながら見守っていたグレイであるが、いつ終わるかもわからぬお説教に、段々と面倒くさくなってきた。

 そもそも発端を作ったのは自分であるし、時間もそれなりに遅くなっている。

 皿に取ったものを全部食べ終えたところで、仕方なくクルムを救出してやることにした。

 

「ベゼルフッド」

「なんだね。そもそも君がクルム王女殿下の護衛であるというのに……」

「やかましい」

 

 グレイはフォークで刺した肉をベゼルフッドの口に無理やり詰め込んで黙らせてから続ける。

 

「クルムはまだまだお子様だからのう。そろそろ帰って寝る時間じゃ。ほれ、帰るぞ」

 

 グレイがそう言ってクルムに帰宅を促すが、クルムの方もそんなことでベゼルフッドのお説教から逃げるわけにはいかない。むしろグレイの蛮行のせいでまたお説教が長引くのではないかと覚悟したところだ。

 肉を咀嚼し終えて飲み込んだベゼルフッドは、口元をハンカチでふき取りながら、鼻からわざとらしくため息を漏らす。

 

「……確かに、お引止めするには遅い時間でしたな。私としたことが、王女殿下には申し訳ないことをいたしました」

「いえ……、閣下の仰ることはもっともですので」

「続きはまたの機会にいたしましょう。私も、いましばらく王都に居りますゆえ」

「ありがとうございます。本日は失礼させていただきます」

 

 クルムはほっとしつつ、挨拶をして引き下がる。

 もちろんグレイも一緒だ。

 会場を出て、人が多い近辺を抜け、廊下を進み、自分の区画が近づいたころに、クルムはグレイに言った。

 

「先生のおかげで、ベゼルフッド伯爵とお話をするきっかけを得られました」

「どうせまたぐちぐち言われるだけじゃぞ。儂はいかん」

「そういう訳にはいきません。ちゃんと一緒に来て、一緒に怒られてください」

「嫌じゃ。あ奴は昔っから面倒くさいからのう」

「まぁ、そう言わずに」

「行かぬと言ったら行かぬ」

 

 長い廊下で、十三歳の少女相手にわがままを振り回す老人がそこにいた。

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