クルムは連日のパーティで、参加者の地方貴族に挨拶をしたが、二度同じ人物と話すことはしなかった。たった一度の会話で、脳内にしっかりと刻んだリストと照らし合わせて、貴族たちの顔と名前を一致させたのだから大したものである。
最初の三日間が終わると、一日二日ほど空けて、続々と貴族たちからの返事が届くようになった。
意外と大物ばかりからの返事が多いのは、独断でクルムの勢力につくかどうかを判断できない地方貴族が多いからだろう。
立地によって、近隣の大領に依存した領地運営をしている貴族は多い。
一方で、位の低い貴族であっても返事を寄越しているのは、酷い田舎の領土があったり、特産物などをもって独立独歩でやっている者たちだ。
例えば、バミの生家なんかがそういうタイプの地方貴族である。
クルムは届いた手紙の全てに目を通し、できるだけ身分の低い者たちから話ができるようにスケジュールを組んでいく。
それから、自派閥の兄姉に相談し、場合によっては同行の約束を取り付ける。
元々クルムの兄や姉たちと連絡を取っていて、王位継承争いでは味方につくという約束をしている貴族も、返事が来た者の中には混ざっていたのだ。
特にルミネと連絡を取っていたものは多く、その大半がルミネが操られている間に味方をすることを決めた者たちだ。
彼らの中にはルミネの治癒魔法によって助けられた者もいれば、教会の力を借りて領内の治安向上に努めていた者もいる。
それぞれ理由は別にあるのだろうが、皆一様に、教皇が失脚したことや、その後教会勢力がどのように動いているかが気になっているはずだ。
そんな王都の情報が欲しい地方貴族にとって、王位継承争いで情報収集をしているであろうクルムからの手紙は、渡りに船に違いない。どうせ泡沫候補ならば、情報を搾り取ってやろうと、彼らは返事をしたためたわけである。
だからこそクルムは、そういった者たちの元へはルミネ当人を連れて面会に向かった。日時だけ伝えて返事をした手紙には、ルミネを連れていくことは書いていない。
完全に不意打ちで相手を動揺させて、そのまま飲み込んでしまう作戦である。
「こっ、これは、ルミネ王女殿下……。大変、ご無沙汰しております……」
気を抜いてクルムを招待した貴族たちの大半は慌てふためいた。
目の前にいる男爵で、既にルミネを連れ回して面会に来るのは六人目になるが、応対はこれまでとさして変わらなかった。
パーティでも軽く顔を出してすぐに消えてしまったルミネが、なぜか侮っていた泡沫候補であるクルムと一緒に現れたのだから、混乱もひとしおだろう。
「お久しぶりです。約束も取り付けずに急な訪問、すみません」
「い、いえいえ、そんな……。あ、あのですね、今回クルム王女殿下と面会をしようと決めましたのは……」
「私のことは気にしなくとも結構です。同席だけさせていただきます」
元々ルミネが自派閥に取り入れていた貴族だ。
彼らが知っているルミネは、本来の、やや湿度は高いながらも穏やかで優しい性格をした者ではなく、言葉少なく冷徹な姿である。
こんな風にぴしゃりと言われては、果たして本当に気にしなくていいのか、それとも怒っているか分かったものではない。
「安心してください。ルミネお姉様には、私から頼んで同席していただいたのです。元々男爵と交流があると聞いていたものですから。王都でお困りのことはございませんか? 何かお力になれることがあれば、微力ながら、力を尽くさせていただきますが……」
そんなスタートから、クルムは少しずつ相手の緊張をほぐしていく。
そして、それと同時にルミネが自分の派閥の人間であることを、時間をかけてゆっくりと、それとなく伝えていくのだ。
そうすることにより、クルムが帰る頃には貴族の当主をしている者ならば気付く。
今自分が何を問われているのかを。
「それでは、今日のところはこの辺りで失礼いたします。たくさんお話をすることができてためになりました。今後お困りのことがあれば、ルミネお姉様の元へでも、私の元へでも構いませんので、お声掛けください」
「は、身に余る光栄です」
クルムは目を細めてじっと男爵を見つめ、最後に確認するようにゆっくりと問いかける。
「本当に、今日は良い時間を過ごせました。今後とも、頼りにさせていただいてもよろしいですか?」
「は、は。もちろん、私などでよろしければ」
「ありがとうございます。その言葉を聞くことができて安心いたしました」
今やっていることは、ルミネがすでに陣営に引き入れていたものを、改めてクルムを支援する形に乗り換えさせているだけだ。
まず最初のミッションはこれである。
ハップスやファンファにも、少ないながら地方貴族の支持者はいるので、同じように鞍替えをさせておく必要があるだろう。
この地味な作業を五日ほどで終わらせれば、そこから先は新たな味方を探すための大物との面会になる。
地方の大物貴族を一人抑えれば、その寄子と呼ばれるような周辺貴族の多くも自分になびかせることができる。
オブリ侯爵家の生家がある南西方向の貴族は望み薄だが、クルムはそのほかの地方の貴族には積極的にアタックしていくつもりである。
駄目で元々。
地味な足を使った営業のような作業である。
だからこそ、おそらく今更ヘグニもジグラもやらないはずだ。
たった一人出遅れていたクルムだから、今こそ時間と労力を惜しまずやるべきことであった。