たっぷり二週間ほどかけて、元々兄姉の派閥であった貴族の再取込の作業を終わらせたクルムは、ようやく新たな貴族たちとの面会に取り掛かることにした。
ちなみに毎日のように繰り返される話し合いと護衛に、グレイは完全に食傷気味である。いっそ貴族たちが敵側についていて、突然襲い掛かってきたりしたら、気持ちよく全員ぶち殺せるのにと、腕を組んだまま妄想にふけったりしていた。
非常に危険な状態である。
退屈というのは碌な結果を生まないものである。
「さて、今日からの面会は、一から味方に引き入れていかねばならない方々です。あちらは私のことをよく知りませんし、私も断片的な情報しか持っていません」
朝の訓練を終えて一休みしながら、クルムは真剣な顔をしてグレイと向き合っていた。
いつもはだらりと休憩する時間であるが、今日ばかりはそうはいかない。
「わかったわかった、大人しくしておればいいんじゃろ」
「本当にわかってくれていますか? きっかけを見つけたらすぐに暴れてやろうとか思っていませんか?」
「思っとらん、思っとらん」
思っている。
鬱陶しいことを言ってきたら、ちょっと小突いてやろうかなくらいは思っている。
あくまで思っているだけで、すぐに実行に移すつもりは流石にないけれど。
「頼みます、本当に」
クルムはグレイが余計なことを考えているのを分かった上で、それ以上しつこくお願いをしなかった。これまでも何度となく伝えてきたことであるから、流石に我慢してくれると信じるしかない。
じゃあグレイを連れていかなければいいじゃないか、という話になるとそれもまた、そういう訳にもいかない。
何が起こるかわからないのだから、万全を期すために、自分が動かせる中で最も強い存在を護衛としておいておきたいのだ。
朝食をとって、ウェスカに今日の予定を告げ、門番に声をかけて長い廊下を歩く。
宮中で働く人たちに頭を下げられながら街へ出ると、寄り道はなしで、貴族の屋敷が建ち並ぶ方面へと真っすぐに向かう。
クルムは目的地付近にやってくると、改めてグレイに声をかける。
「最初の訪問先は、ベゼルフッド伯爵家です」
「なぜ奴を選んだ?」
「先生というきっかけがあったからです。……先生の関係を利用するようで申し訳ありませんが、他にこれ程の大物で、探りなしで会って下さるという方はいませんでした。ベゼルフッド家は王国東部国境付近に大きな影響力を持っており、オブラ侯爵家との仲は特別良くないと聞いています」
クルムは誤解をされぬことを願いながら、選定の理由を告げる。
グレイが、自分の人間関係を他人に利用されることを好まぬ性質を持っているであろうことを、クルムはなんとなく理解している。
しかし、今の状況を考えると、だからといってベゼルフッド伯爵との面会を後に後に回すのは完全に愚策だ。どうせどこかで面会をすることになるのならば、最も効果的なタイミングで動くべきである。
「別に好きにすればよかろう。儂の知り合いだなんだといちいち気にしていてはきりがなかろう。儂のことを嫌っている貴族の方が多いはずじゃから、苦労することもあるかもしれんが、それは儂の知ったことではないしのう」
グレイの答えは意外なことに好きにしろ、であった。
突き放すふうでもなく、当たり前のようにさらりと告げる。
「先生ぐらいのお年の方は、普通皆さん隠居されているのでおそらく大丈夫です」
グレイの反応を受けて、クルムもいつもの調子で返事をする。
ただ、その声はいつもよりもほんの僅かに浮かれていた。
その理由は、グレイの返答が、自分のことをこれまで以上に認めてくれた証拠であるようにも感じたためだ。
グレイ自身はそんな自覚はなかったが、確かにクルム以外のほとんどの者に同じことを言われたとしたら、グレイは不愉快そうに鼻を鳴らして相手の評価を下げたことだろう。
グレイは自主的に手を貸すならばともかく、他人に利用されることが嫌いだ。
極めて偏屈で、思春期の子供よりも繊細なハートを持つ、面倒な老人である。
ベゼルフッド伯爵家の邸宅は、他とさほど変わらぬ大きさで、特別力を誇示するような作りはしていなかった。
法衣貴族がこの貴族街に本邸を持つのとは違って、地方貴族が持つ王都の屋敷は、何かあった時のために滞在する別荘のようなものである。維持管理も考えれば、わざわざ豪勢にしようともならないのだろう。
とはいえ、野心にあふれる者は、王都の邸宅も派手で大きなものを作らせたりするようであるが。
門をくぐり、家中の者によってベゼルフッド家の応接間に二人が通されると、ほぼ待ち時間なく、あとからベゼルフッド辺境伯が姿を現した。
形式的な挨拶と、二言三言、面会の場を設けてもらったことに関する言葉を交わす二人。
そのやり取りはとても貴族的であったが、一方で、貴族にしては簡素で飾りのないものであった。
互いに最初に言うべきことは言った。
そんな間ができた後に、先に口を開いたのはベゼルフッドであった。
「しかしこの様子だと……、本当にクルム王女殿下は、彼を護衛にしているのですね」
ベゼルフッドの視線は、グレイに向けられている。
過去のグレイを知る人間として、グレイが誰かの下について大人しくしていることが信じられないのだろう。
「護衛というより……、先生は私の教育係です。私がお願いをして、お招きしました。私が知る中で最も強い方でもあるので、こうして護衛もお願いしている次第です」
「なるほど……? しかし、あのアルムガルドが教育係……?」
「なんじゃ、その言い草は」
ベゼルフッドはグレイが好き放題暴れ回っていた学生時代を知っている。
だからこそ余計に意味が分からず、すごまれているのを気にする風でもなく、思わず首をひねって考え込んでしまうのであった。