ベゼルフッドはしばらく首をかしげていたが、「いや、まぁ、しかし、ありえないことではないか」と、何か納得したように呟いて、再びクルムに向き直った。
「失礼いたしました。さて、王女殿下がいらした理由はなんとなく想像がついております。私も騙し合いをしたいわけではありませんので、率直に、殿下の口から用件をお聞かせいただきたく存じます」
ベゼルフッドの言う通り、この時期、そして挨拶回りの様子を見ていれば、用件を想像することは難しくないだろう。
クルムももはやそれを隠すつもりはない。
「ご想像の通りです。王位継承争いにおいて、閣下に私を支援していただけないかと相談に参りました」
「そうでしょうな。なぜ、と問うても?」
「それは私が王位を欲する理由でしょうか?」
「はい」
グレイを相手する時のように正直に話すことは得策ではない。
何せ相手は多くの貴族の寄親となっている、南東地方貴族の顔のような相手だ。
感情に訴えることはもちろん必要であるが、それ以上に南東地方の貴族が自分に味方をすべきである理由を語るべきである。
「順当にいけば、次代の王はヘグニお兄様に決まることでしょう」
「そうでしょうな」
「それはつまり、三代続けてオブラ侯爵家が王国の実権を握るということでもあります。ここ十数年、王都で暮らす法衣貴族たちは、じわりじわりと役職をオブラ侯爵家の息のかかった者に奪われ始めています。このままではいずれ、王都は完全にオブラ侯爵家の思う通りになることでしょう」
危機感の共有。
クルムが最初にしたことはそれだ。
大貴族とはいえ、王都で暮らす貴族たちと、地方の貴族たちでは派閥が大きく違う。多少の情報は入ってきているだろうが、細かな人事までは知らないだろうと考えてのことだ。
「それがいずれ、地方貴族にも波及すると。だから自分の味方をして、オブラ侯爵家の専横から王都を守るべきだと」
「はい、その通りです」
「一理あります。そして、ヘグニ王子以外の派閥に与することについては、私も一度は考えました。それをしていない理由は分かりますね」
社交の場で話していた時とは違って、ベゼルフッドの言葉は幾分か柔らかい。
それはある意味で、クルムをまだ対等な交渉相手ではなく、十三歳の少女としか見ていない証明でもあった。
何も知らせていないのだから、当然のことだ。
クルムは焦らない。
「十年前の時点で、ヘグニお兄様以外に支持すべき相手が見つからなかったからですか?」
「はい。期待していた方は数人いらっしゃいましたが……、どうやらお亡くなりになったり、撤退したりしているようです。クルム王女殿下以外からですと、もう一通しかお手紙をいただいておりませんし、そういうことなのでしょう」
「ジグラお兄様、ですか」
クルムは間違いを恐れることなく、ベゼルフッドが伏せた手紙の送り主の名前を口にする。
現在、本格的に争いに参加しているのは、ヘグニ、ジグラ、クルムの三人のみ。
ヘグニが積極的に連絡を取りにいかないとすれば、もう一通はジグラから出されたものと推測できる。
「情報をよく集めているようですね」
ベゼルフッドは王都の状況を未だ完全には把握していないのだろう。
他の候補として、ルミネをはじめとした、今はクルムに味方している派閥や、撤退を決めたケルンの派閥があることを知っているからこそ、その中からジグラを選んだことに少し驚いたようだった。
クルムはそのことには触れずに、話を続ける。
「ありがとうございます。しかし閣下はジグラお兄様の派閥にはつかないでしょう? となると、私の支援をしていただけない場合、静観、ということになるのでしょうか」
「……なぜ、ジグラ王子殿下の支援をしないと思うのです?」
「ジグラお兄様は、王位継承権が高い方です。十年前にも既に王位継承争いに参加しておりました。その上で、閣下は『期待していた』候補は皆いなくなったと仰っていました。つまり、ジグラお兄様を支援するつもりは初めから無かった。ここまで、違いますか?」
ベゼルフッドは親指と人差し指を静かにすり合わせながら、じっとクルムを見て「続けてください」と言った。
「……ジグラお兄様のお母上は、ハルシ王国から見て南東にあたる国の出身です。ベゼルフッド家は、幾度となくかの国からの侵攻を退けております。長い歴史の中で犠牲も多く出ているでしょう」
「私が感情でジグラ王子殿下の支援を取りやめたと?」
「いえ。もし閣下がそうでないとしても、領民はいかがでしょうか。かの国を憎む気持ちが少なからずあるはずです。それだけではありません。もし閣下がジグラお兄様に味方した場合、オブラ侯爵家はベゼルフッド家やジグラお兄様を攻撃するための、絶好の理由を得ることになるでしょう」
つまり、南東部の顔であるベゼルフッドが、隣国と手を組んでハルシ王国を侵略しようとしている、という言いがかりをつけられるようになる、ということだ。
証拠など作ってしまえばいい。
王都に味方の少ないジグラ王子さえ殺してしまえば、後はなし崩しでベゼルフッド家まで罪をかぶせることができる。
つまり、ベゼルフッド家がジグラ王子に味方するというのは、そのまま両者の破滅を意味していた。
「お若いのに、よく状況を理解していらっしゃる。君が教えたのか?」
ベゼルフッドはふいっとグレイに視線を向けて尋ねる。
「元からこんなじゃ。そんなごちゃごちゃした面倒くさいこと、儂の知ったことではないわ」
「そうだな、愚問であったな」
「おい、どういうことじゃ。今儂のことを馬鹿にしたか?」
「君が自分で言ったのだろうに。少しは落ち着いたのかと思ったら、どうやら相変わらずのようだ」
何が何でも因縁をつけるグレイと、相手にせずさらりと流すベゼルフッド。
悪いのは考えるまでもなく、前者の方であった。