転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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押し出し

「さて、クルム殿下のおっしゃられることはよく分かりました。私がオブラ侯爵家と対立するのであれば、お味方すべきはクルム殿下なのでしょう」

 

 ベゼルフッドがそう言ってすっと目をそらしたのを見て、クルムは少しばかり身を乗り出した。

 その後に続く否定の言葉を避けるために、先に口を開く。

 

「今回を逃せば、次代以降にオブラ侯爵家から主権を取り戻すことは非常に難しくなるでしょう。ベゼルフッド家を頼みとする貴族たちも、都合の悪い者は少しずつ取り除かれていきます。実際に王国の南西部は、そうしてオブラ侯爵家派閥の者ばかりとなりました」

「クルム殿下。私はベゼルフッド家のみならず、南東の諸貴族家をまとめる立場にあります。クルム殿下にお味方して負けた場合のことも考えねばならないのですよ」

 

 クルムは目を見開いてさらにずいっと身を乗り出す。

 最初の大人しくおしとやかな少女の顔はどこへやら、すっかり好戦的な、グレイの弟子らしいぎらついた瞳が前面に押し出されていた。

 

「今か、少し先の未来か、の違いです。今ならば、勝つ見込みもあります」

「クルム殿下はご存じないかもしれませんが、南東部以外の大部分に、オブラ侯爵家の手が回っていますよ。まだまだまばらではありますが、私の概算ですとオブラ侯爵家の本領がある南西部以外でも、およそ四割が、間違いなくオブラ侯爵家に味方します。私が中心となっている南東部ですら、一割から二割程度、オブラ侯爵家と内密にやり取りをしている者がいるそうですから」

「半分も、まだ余地があります」

「全体のおよそ五割程度の家にオブラ侯爵家が影響を持っているとするのならば、その関係者も含めれば七割から八割が、オブラ侯爵家に味方するでしょう。それは余地があると言いません」

「そのために私が動いています。そうおっしゃるということは、閣下もまた、その浮動層にいらっしゃるということでしょう。まず閣下がご決断いただければ、私はその結果を用いて、更に活動を広めることができます」

 

 ベゼルフッドの反論に対して、クルムは即座に返事をする。

 折角ベゼルフッドの未だ確定していない気持ちに指先をひっかけたのだから、絶対にそれを外すつもりはない。同じチャンスがまた巡ってくるなどという甘い気持ちは、一切持っていなかった。

 

「ふぅむ」

 

 その熱意に押し込まれるように、ベゼルフッドはソファの背もたれに体を預け、クルムから少しばかり距離を取った。熱を込めて話すクルムの近くにいると、年甲斐もなくそれに飲み込まれてしまいそうな気がしたのだ。

 しかしクルムは両者の間にあるテーブルに両手をついてさらに体を前に乗り出す。

 

「ルミネお姉様と教会、ハップスお兄様、ヒストル大臣、ファンファお姉様と王都の大商会の一部、それからバミ大臣、〈要塞軍〉と大将のラウンド閣下は味方に付いていただいております。ケルンお兄様からは継承者のナイフを預かっておりますし、冒険者ギルド総長である【双剣】ウィクト殿や、騎士団長のホワイト殿には、色々と相談にも乗っていただいております」

「……君の知り合いが数人いるようだ」

「たまたまじゃろ」

「閣下!」

 

 クルムの熱を反らすようにグレイに話を振ったベゼルフッドに、クルムは声を張り上げた。どうしたって逃がすわけにはいかない。

 

「先生をお招きし、王位継承争いに臨んでから、まだ一年と経っておりません。それでも、私はここまで準備をして参りました。どうか、閣下のお力をお貸しください!」

 

 ベゼルフッドは腕を組みたくなるのを堪えながら、視線を僅かに天井の隅へとずらす。若いクルムの熱気があまりに激しくて、まともに受け止めているとそれだけで疲労困憊してしまいそうだった。

 パーティの会場で出会った時は、まさかここまで情熱的とは思わず、二度と会うことはないと思っていた顔に免じて会うことを決めてしまったのが失敗だったのだ。

 ここまで判断を迫ってくる王族というのも、これまで一人もいなかった。

 皆、どこか余裕があって、時間をかけて説得をしてくる者だったからだ。

 クルムはとにかく若い。

 生き急いでいると言ってもいい。

 ただ、実際に急がねばならぬ事情もあり、幸か不幸か、才能と行動力を兼ね備えてしまっていたらしい。

 もはや曖昧に誤魔化すことはできまいと、ベゼルフッドは覚悟を決めた。

 

「失礼を承知で申し上げます。殿下は……、殿下方は、王位継承争いに敗れても、その後も不自由ながら人生をまっとうすることとなるのでしょう。一方で我々は違います。クルム殿下に与した場合、敗れた時には小さな貴族は潰され一家離散。場合によっては、ありもしない罪で処断されることもあるでしょう。数代先に暗い未来が待っていようと、私は殿下につくわけには――」

「その時は私と共に戦いましょう」

 

 クルムのためらいのない言葉に、ベゼルフッドは言葉を止めた。

 

「王位継承争いに負けたから戦をするというのならば、仲間を募り私が先頭に立って戦いましょう。負けた時に、閣下たちだけを犬死にさせることは絶対にしません」

 

 ベゼルフッドは負けた時に戦うなどとは一言も言っていない。

 ただ頭のどこか片隅には、いざとなればという気持ちがあったからこそ、僅かに動揺した。

 

「……何を言っているか分かっているのですか? 反乱を起こすと言っているようなものですよ」

「いいえ。閣下が味方をしてくださり、この王位継承争いという戦いに勝利をすればいいのです。そうすれば、反乱は起こりません」

「……私が今の話をヘグニ王子に持っていけば、殿下はお終いですよ」

「その時は私の見る目がなかったということでしょう」

「諦めるのですか?」

「抗います」

 

 非難をするベゼルフッドの言葉の数々にクルムは一切屈しなかった。

 ベゼルフッドとて、これまで五十年にわたって王国の南東部の貴族たちをまとめ続けてきた大貴族だ。

 真正面から対等に口をきけること自体が、尋常ではない胆力であった。

 

「……とはいえ、私も民に無駄な負担を強いたいわけではないので、できることならば閣下には味方に付いていただきたいところなのですが」

「それは脅しですか?」

「いえ、願いです」

 

 ベゼルフッドは大きく息を吸って、深い溜息を吐いた。

 そうしてこれまでで最も鋭い目で、クルムを睨みつけるように見据えて口を開く。

 

「駄目ならば、一緒に死んでくださるのですね」

「いえ、私が最も危険な場所に立ち、一緒に戦い、勝ちます」

 

 戦士の誓いのようでもあり、子供の我がままのようでもあった。

 ベゼルフッドはこんな人間を一人だけ知っている。

 そのたった一人の人間の方へ目をやって、呆れながら言った。

 

「君に、よく似ているようだ」

「面白いじゃろう」

 

 にやにやと笑うグレイを憎たらしく思いながら、ベゼルフッドは再度深いため息を吐いた。




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