クルムと貴族たちの話し合いは休むことなく毎日行われた。
南東部の貴族たちの説得をベゼルフッドに任せることができたので、今度は北西部の貴族との話し合いだ。
こちらは全体的に所属勢力がばらついており、小さな貴族派閥がたくさんあるような形である。
中にはオブラ侯爵家になびいている者もいるだろうが、そこまでの詳細な情報は持っていない。ただ一つ、間違いなく北西部に大きな影響力を持っている人物が一人、知り合いにいる。
「ラウンド様。北西方面の貴族家の説得に、ご同行いただけませんか?」
「構わんぞ」
質問を一切することなく、ラウンドは快くクルムの申し出を受け入れた。
「やけにあっさり言うことを聞いたのう」
「リゾルデから、王都での動きは基本的にクルム王女最優先、と言われたからな」
「ありがとうございます」
実はクルムの方でも、リゾルデからそういった内容の手紙がすでに届いている。
ラウンドは〈要塞軍〉大将であると同時に、王国北西にある二つの魔物の巣窟を押さえる伯爵である。
辺境伯と任命されていないが、旧アルムガルド家と同じことをしているのだから、実質それと変わらない。
王国内でも相当な重鎮であるのだが、残念ながらこれまで周辺貴族を従えるような行動は一切してこなかった。むしろ着任直後に、魔物に関して苦情を出され放題された結果、不仲ですらあった。
リゾルデもそんな周辺貴族に頼ろうとすることはなかったし、ある程度の地位を確立した後も積極的に交流をしてこなかった。それは、周辺貴族がラウンドを、そして寄せ集めの〈要塞軍〉を下に見ていたからに他ならない。
そんな貴族たちとの付き合いに労を割くより、ひたすらに街を発展させ、魔物との戦いを有利にさせるべく尽力してきたというわけである。
ただ、五十年の長きにわたり魔物を牽制し続けた〈要塞軍〉の力は、地方ではありえないほどに膨れ上がっている。要塞軍の兵士は、毎日のように命を張って魔物との戦いの最前線に立って暮らしている。
一騎当千、とまではいかないが、一兵卒で十数人の兵士を蹂躙するくらいの力は持っている。
魔物の生息地を押さえつつ、〈要塞軍〉が動かせる兵士の数は精々数百程度であるが、それだけで他領の兵士数万程度を跳ね返すことができるはずだ。
長い年月を重ねる間に、周辺貴族はその精強さを少しずつ痛感し始めている。
最近すっかり大人しくなっているのは、魔物被害が減ったからか、あるいは〈要塞軍〉が恐ろしいからなのか、微妙なところだ。
とにかく、北西部の力関係はそんな感じである。
クルムは使える者はすべて使う主義だ。
ラウンドはグレイの友人であるが、それはそれとして〈要塞軍〉の大将である。
そして〈要塞軍〉を実質仕切っているのは、参謀のリゾルデだ。
リゾルデがある程度の情報を寄越して、大将をうまく使って北西貴族たちを掌握してください、と許可を出したのならば、それは期待に応えねばならないということになる。
期待に応えられない派閥の長など、いない方がまだましだ。
というようなお話は、昨晩の内に既にグレイに済ませてある。
そもそも貴族嫌いなグレイだ。
しっかりと事前に許可を取った以上、〈要塞軍〉を背景に多少貴族を脅したところで、グレイはゲラゲラと笑うだけだ。
クルムが最初に挨拶に向かったのはデモンズ伯爵家である。
デモンズは、ラウンド伯爵領、リゾルデ子爵領、そしてロブス男爵領と接する広大な領土を持っている貴族だ。
なかなか返事を寄越さない北西貴族領の中で、比較的早めに返事を寄越したのは、彼もまた、伯爵という地位を持ち、野心を心のうちに抱えているからだろう。
デモンズは、たっぷり三十分ほどクルムを待たせたのち、もったいぶってようやく部屋に現れたところで、一瞬顔をひきつらせた。
クルムの両サイドに筋肉爺が二人。
しかもそのうちの一人には見覚えがある。
「随分と、待たせてくれたな」
「ラウンド殿もお人が悪い。いらしているなら初めからそうと……」
四十後半になるデモンズは、平静を保ちながらソファへと歩きながら話す。
デモンズ伯爵家とラウンドの付き合いは父親の代からだ。
若い時分、父親の代理として苦情を言いに行ったとき、この禿げ頭の大男に散々怒鳴り散らかされた記憶があって、未だにトラウマになっているのだ。
思えばデモンズの父親も、ラウンドと対面したくないがために、息子をおだてて苦情を言いに行かせたのだろう。デモンズは、すでに亡くなった父親のことをそれなりに尊敬していたが、この件に関してだけは未だに許していない。
「俺が来ていると知っていれば、もっと早くやってきたのか?」
機嫌を取るために、『それはもちろん』と答えようとして、デモンズは慌てて口を噤んだ。それは、王族であるクルムよりも、ラウンドのことを尊重していると言うようなものである。
当然クルムは、すでにデモンズが自分を軽く見ていることを察していたが、それで笑顔を崩したりしなかった。
「お忙しいところ、お時間いただきありがとうございます」
穏やかに、しとやかに、ここしかないというタイミングでデモンズに声をかける。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。どうしても外せぬ用があったものですから……」
両側についている老人はおっかないが、クルム本人は穏やかに見える。
デモンズがほっとしながら答えると、クルムは目を細めて笑ったまま更に尋ねる。
「なるほど。ヘグニお兄様か、ジグラお兄様あたりから使者の方でもいらしてましたか?」
「いえ――」
思いのほか踏み込んできたことに、動揺しつつ一気に警戒心を引き上げたデモンズに対して、クルムは更にもう一歩、デモンズの言葉を遮り、いつでもぶっすりと刺し殺せる心の距離まで近づいて言った。
「まさか、オブラ侯爵家からの使者で私が待たされるとは思いませんので、お兄様方のどちらか、と推測するのですが」
「ヘグニ王子殿下からの、使者が来ておりました……」
嘘だ。
思わず息がつまるように答えてしまって、デモンズは更に動揺する。
本当はオブラ侯爵家から、どちらへつくのかはっきりするようにと釘を刺すような内密の使者が来ていたのだ。生意気なと思いながらも、腰を低くして対応して、すれ違うことのないように帰ってもらったところである。
「それは仕方のないことですね。さ、閣下、どうぞおかけになって、私のお話も聞いてくださいませ」
デモンズが額の汗を拭いてソファに腰を掛けると、クルムはさらにもう一度問いかける。
「しかし、兄上からの使者を通すような応接間が、この屋敷にはもう一つあるのですね?」
「は、ははは。私と息子が、同時に応接間を使うようなこともありますゆえ……」
苦しい言い訳にクルムは真顔になってデモンズを数秒見つめ、それからにっこりと微笑む。
「失礼しました。あまり閣下のお家の事情に踏み込んではよくありませんね」
「いえいえ、お待たせしたのですからそれくらいのこと……」
デモンズはその笑顔と言葉の裏に、『この辺りでいったん許してやる』という副音声を確かに聞いたのだった。
祝400話
めでたいめでたい